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起・承
男達は山中で野営を張っていた。
季節は冬場に差し掛かり、餌を求めている野生の獣がいつ襲ってくるのか分からないので、
なるべく見張りは二人になる様に時間をずらして
睡眠時間を確保することにした。
「近くの村までまだかかりそうだな」
寒さに耐えながら暖をとっているサミュエルが、震えた声で言った。
「どんなに楽観的に考えても、あと5日はかかるよ」
食糧が入っいる麻袋を覗き込みながら、エルキュールは冷静に返した。
「そんなにか。それにしてもテオドールの奴、イビキが凄いな。熊やら狼が来たらどうしてくれんだ」
サミュエルは、先に就寝しているテオドールを咎めるような口振りで言った。
三人は焚き火を取り囲み、寝ているテオドールから見て左右に分かれて見張りをしている。
「まぁ、そう言わないでいておくれよ。疲れが溜まっているんだろう。それに熊ならともかく、狼の一匹や二匹、私達の腹の中へ収めてやるさ」
「心強いことで」
二人は周囲に気を配りながらも、星空を見上げてこれからのことについて話し合っていた。
「村に着いてからどうする?他所者の俺達を受け入れてくれるとは、とうてい思えないが」
サミュエルは不安そうに聞いた。
「この村は長閑でなんの変哲もない村なんだが、合併前は国境沿いに面した村なんだ。名残りでポーランド兵がいたとしてもおかしくはないかな」
「そうなのか?だったら、この村に行くのはよした方が良いんじゃないのか?」
「仕方がないんだよ、サミュエル。地形の問題がある。他の村や町に行くのなら、10日はかかるだろう。兵士達がいるかは分からないが、もし居なければ日雇い労働でもして食糧を分けて貰えばいいよ。居たとしても、ウクライナ・コサックの家系の者だと言えば悪い扱いはされないだろうしね。故郷へ帰る途中で立ち寄ったとでも言えばいいさ」
「流石エルキュール。俺達は余計な心配事はせずに、疲れをとることに専念させてもらうぜ」
「そうしておくれ。オリオン座の位置が正中にさしかかってきたね。そろそろキミが眠る時間だよ」
「わかったよ」
エルキュールがサミュエルを眠るよう促す。
三人組でなるべく二人で見張りをする環境を作り出す為には、各々時間をずらして眠るしかない。
一人の睡眠時間は四時間と決め、一人目のテオドールが寝ている間は、サミュエルとエルキュールの二人が見張りをし、テオドールが寝てから約二時間後にサミュエルが眠りに入る。
二人が寝ているので、テオドールが起きるまで、エルキュールは一人となる。サミュエルが寝てから二時間後にテオドールをお越し、サミュエルを起こすまで、また二人で見張りをする。
おおまかな時間は、星空を見たり経験則で決めている。夜なので日時計は使えないし、水時計や砂時計の器具など持ち合わせていない。
多少のズレはあるだろうが、文句など言っていられない。
サミュエルが寝静まると、微かにテオドールの寝苦しそうな声が聞こえてきた。きっと悪い夢でも見てるのだろう。今の状況下では仕方がない。
そんなテオドールの為にも、道中何があろうとも怯まない覚悟を決め、必ず三人で幸せになるのだという強い想いをその瞳に抱き、エルキュールはただただ時間が過ぎるのを待った。
オリオン座が正中を過ぎ暫くすると、エルキュールはテオドールを起こし
「時間だよ、うなされていたけど気分はどうだい?」
と、水を渡しながら聞いた。
「ありがとう。気分は最悪さ」
受け取った水を一口飲むと、テオドールは夢の内容を語り出した。
「洞窟、うん、あそこは狭くて暗い洞窟だった気がする。灯がなかったから全体の大きさは分からないんだが、夢の中で勝手に洞窟だと認識していた。そういうことあるだろ?現実の世界ではありえないことでも夢の世界では肯定され、なんの疑いを持たないことって」
「確かにあるね。で、そんな洞窟で何か起こったのかい?」
「起こったというか、気がつくとツルハシを持っていたんだ。ボクは洞窟をツルハシで掘っていた」
そこまで聞いてエルキュールは、「まさか永遠と洞窟を掘っている夢なんて言わないだろうね」と苦々しい表情で聞いた。
「まさにその通りだよ。岩か土か分からない、どれだけ掘れたのかも分からない、何日もいるような気がして怖くなるんだ。夢の中だからか腹も減らないし眠くもならないんだが、ただただ掘っていた。それこそ何の疑問も持たずに」
テオドールの顔色は悪く、憔悴しきっているように見えた。うなされているのは分かっていたが、睡眠をとることを優先させた自分の判断が間違っていたと、エルキュールは反省した。
「そういう夢を見てしまうのは、不安だからだろうね。もっと早く起こしてあげれば良かった。だけど、気をしっかり持っておくれ。まだ旅は始まったばかりなんだから。大丈夫、私達三人なら必ずうまくいくさ」
テオドールを鼓舞すると、二人でこれからのことについて語り合った。
「私はもう一旗揚げたいと思っている。傭兵からやり直していづれは一個小隊を任されるような地位まで登り詰めたいんだ」
「ボクは平穏無事に暮らしたいよ。もう戦争は嫌だな」
「キミはその方がいいかもね。お互い生きたいように生きられることを夢見て、頑張ろうじゃないか」
「ああ、そうだな。悪夢なんて見てる場合じゃないな」
「そうともさ。もし明日も見てしまったら、夢の中の悪魔を見つけ出して、倒してしまえ」
昔からヨーロッパでは、悪夢は悪魔が見せるものだと考えられていた。何回も同じ悪夢を見ることに恐怖よりも苛立ちを覚え、夢の中の悪魔を探し出し退治した、という逸話もあるくらいだ。
眉唾物ではあるが、神や悪魔を信じる彼等にとって真偽など関係ない。要は自分が信じるか否か。それだけが彼等にとっての『真』なのである。
「キミは口調は柔らかいのに、武闘派だよな」
息巻くエルキュールに、テオドールは笑いながら言った。
エルキュールの眼に、北東の空に浮かぶオリオン座が映し出される。
「そろそろ私も休ませてもらうよ。テオドール、星の見方は分かるよね」
「大丈夫さ。今ある位置からだいたい三十度傾いたら、サミュエルを起こせばいいんだろ」
「ああ、頼んだよ」
テオドールの心強い返答に安心すると、エルキュールは座ったまま眠りについた。
遠く方から二人の男の声が聴こえる。
エルキュールは、それがサミュエルとテオドールのものだと認識すると、眠たい頭を回転させ、眼を覚ますよう試みた。
「おはよう、二人とも。お、空が白けてきたね。ちょうど良かった」
東の空が薄っすら明るくなり、小鳥の囀りが賑やかに聴こえる。
「おはようエルキュール。早く荷物をまとめて出発したいんだが、どうもサミュエルが不思議な夢を見たって言うんだ」
「いいけれど、荷物をまとめながらにしてくれよ。なるべく距離を稼ぎたいんだから」
エルキュールが承諾すると、サミュエルは夢の内容を話し出した。
それは、テオドールが見た夢と同じ洞窟にいたという夢だった。
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