転 -1-

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サミュエルが見た夢は次の通りだ。 「洞窟内にいることはすぐに分かったから、大きさを測ることにしたんだ。高さは俺の倍以上で横幅は大人が三人並んでも窮屈に感じない程の広さだった。一本道で奥へ向かって行くと、突き当たりに出くわしたから、掘らなきゃと思ったんだ。ここで、これは夢だ、と気付けなかったのが悪かった。 俺はいつのまにか持っていたシャベルで突いては掘り突いては掘り、気付けば直径が3サジェーニ(6.4メートル)、距離が5ベルスタ(5334メートル)以上もの大空間を作ってしまっていた。けれど一向に陽の光が漏れてくるどころか、風さえ感じない。いったいあとどれくらい掘ればいいのか分からなくなり、怖くなって目が覚めたんだ」 夢の内容を聞いたエルキュールは「なるほど」と呟き、少し考えた後、二人にこう切り出した。 「実は私も二人と同じく洞窟にいる夢を見たよ」 その言葉にテオドールは目を丸くし、サミュエルは深い溜め息をついた。 「私の場合はこうだ」 エルキュールは話しを続けた。 「私も二人同様、何故か洞窟内にいるのが認識できた。テオドールの話しを聞いていないサミュエルとは違い、私はすぐにピンときて盛大に吹き飛ばすことができるものをイメージした」 「吹き飛ばすだなんて、戦車か大砲でもイメージしたってのかよ」 「確かにボクの夢の内容を聞いているのは大きなアドバンテージだよね」 二人はほぼ同時に喋った。 「落ち着いてくれよ」 エルキュールは苦笑いすると、話しを進めた。 「私がイメージしたのは火薬さ。部分的に破壊していこうと思ったんだ。だけど、どうやら夢の中ってのは無意識のうちに良い結果を押さえ込んでしまうものらしい。頑丈な岩壁は傷ひとつ付いていなかったよ」 話終えると、三人の間に沈黙だけが、ぬたぁと重くのしかかった。 冷たくいやらしく纏わり付く不穏な空気に支配されながら、三人は歩き続けた。 目的地の村まであと二日という距離まで差し掛かっていたが、旅が不慣れな三人は既に満身創痍だった。 三人とも、あれから同じ夢を見続けている。 終わる事のない喪失感と恐怖感に苛まれながら、山を越え、川を上り、時には励まし、時には喧嘩をし、雨雪に耐え、悪魔にも耐えてきた。 あと二日、あと二日だ。 そう言い聞かせ、互いが互いを鼓舞し合い、三人の仲は今までよりも急速に縮まっていった。 まるで、ビッグバンを起こす手前の宇宙かのように。 ようやく五日目の朝を迎え、夜中には村に辿り着くことが出来る距離まで歩き続けた三人は、村の手前で野営を張り、祝宴を挙げようと計画していた。 小さな村ということもあり、夜分に訪れたら警戒されるのは目に見えているし、なにより三人だけで喜びを分かち合いたかった。 「この日の為にとっていた酒だ。二人とも今日は飲むぞ」 寒空の下、男三人の喜怒哀楽が混じりに混じった笑い声が、ペテルギウス率いるオリオン座目掛けて駆け昇ってゆく。 テオドールは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を更に破顔させ、 サミュエルは、妻子の写真が入ったロケットを見つめ涙ぐみ、 エルキュールは溢れそうな涙を堪えて、拳を天へと突き出した。 他人から見たら、馬鹿らしくも美しい光景は、戦火に侵されたこの国に宿る一筋の希望にも見えただろう。 テオドールの、発言さえなければ・・・・・・ 「なんでまた同じ夢を見るんだい。勘弁してくれ、私達は過去を振り返っていたり不安になっている場合ではないんだよ」 昨夜は酔い潰れたこともあり、三人同時に寝た。というより、気付けば寝落ちしていた。 そんな環境下だが、昼には村へ着き、これからの生活に向けて前進してゆくと鼓舞し合ったにもかかわらず、また今までのような悪夢を見てしまったというテオドールに、エルキュールは憤慨した。 「すまない。まだ不安が拭いとれてないみたいなんだ。で、でも、村に着きさえすれば、こんな気分も一掃されて見なくなるはずだ。ボクだっていつまでも、こんな夢を見たくないよ。お願いだ、見なくなるまで待っておくれよ」 涙ぐみながら嘆願するテオドールを見て、 「見なくなるまで、ね」 と、エルキュールは冷たく返した。 不穏な空気を感じたのか、サミュエルがテオドールに荷物を渡し出発するよう急かすと、エルキュールの耳元で囁いた。 「もしもの場合は、決行するのか?」 毎夜、二人きりになる時間にサミュエルだけに伝えていたことがあった。その問いに対して、静かに首を縦に動かす。 「毎晩出てくる悪魔が言った通りさ。 -テオドールを殺せ- その真意は、村に着いたら明らかになるだろう。彼は弱すぎるんだ。それは私達にどんな災いをもたらすか分からない。もしもの場合は、悪魔の言葉に私は従う」 エルキュールの瞳から光が消えていた。それほどテオドールが悪夢を見たことは、彼にとって悲しいことであり、悔しいことであり、信用さえ失わせた事柄だった。 ジュクジュクと、彼の心にどす黒い何かが広がっていることに気づかないまま、エルキュールは村へと歩み出した。
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