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「なにこれ?」
不機嫌そうな声でそう尋ねられた。
「なにって、お弁当だよ」
「お弁当って。いや、給食があるから」
「今日は給食のお休み日なんでしょ? 隣の久田さんから聞いたよ」
私の返した言葉にいやーーーそうな顔をした。
ああ、手に取るように分かるぞ、我が息子よ。君の胸にどういう感情が渦巻いて、どういう気持ちでこのお弁当を見ているのか。もちろん理解しているさ。
敵の事情を察しつつ、にっこりと笑ってあげる。
「ほら。どうせコンビニで済ませようとしてたんでしょ? 中学生になってもまだそんなお金ある訳じゃないでしょ?」
オムライスの入ったお弁当箱とスープやおかずの入った保温ケースも手渡す。
「こんな食えないって」
昔のまるっとした面影も消えて、精悍な顔つきになってきた少年がため息をこぼす。
「何が入ってんの?」
「んー? 開けてからのお楽しみ」
冗談めかしてそう告げると、やっぱり君は嫌そうな顔をする。
「教えてよ」
「えー」
「もういい」
もったいぶられたのがさぞかし気に入らなかったのだろう。お弁当箱を引っ手繰るように奪って、玄関へと向かっていってしまった。
『お母さん、ありがとう!』
昔と比べると大きくはしゃがなくなった背中に思わず声をかける。
「あ、ちょっと待って」
呼び止められて顔だけこちらを振り向く。
「なに?」
私はにこりと笑って言ってやった。
「今日のお弁当はオムライスだよ。我が家特製のケチャップソースのね」
「…………」
「どう? 嬉しい?」
「……別に」
嘘をつくその横顔がとても眩しい。
「……あっ……」
「ん?」
「……いってきます」
「はーい! いってらっしゃーい!」
お礼も素直に言えない我が家の王子様を、今日も無事に送り出す。
嘘ばかりつく君にもきっと好きな人ができて、君を好きになってくれる人がいつか現れるのだろう。
その日がやってくるまでは、嘘つき王子にケチャップライスをかます日常を。
この愛すべき負けられない戦いを続けていこう。
「さあ、今日も一日頑張りますか」
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