翼のある少女 1

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 反乱軍、と一口に言えども、その実態は一つではなく、政府の権威が地に落ちきっている今、各方面で国民が束になってその座から王を引きずり下ろそうと試行錯誤している時勢である。  その中に、『WINGED FLIER』の名を掲げる組織がある。  政府に楯突く数ある反乱因子の中でも、その組織が最も大きく世界に影響を及ぼしており、今にも時代を切り開かんと各地で名声を上げている。何でもリーダーを務めるジェイという男が、とんでもなく破天荒な人格者であると聞くが……その勢いや否や、世間で『反乱軍』と言えば、概ねWINGED FLIERを指す風潮が出来上がる程であるから、その男は破天荒のみならず、実に優秀なリーダーシップを兼ね備えているに違いないと、レンは確信していた。  勢力が拡大されていて、今や正規軍に引けを取らない人員が揃っているとまで噂されている。無論、そんな事実は無いものの、この広い屋敷をアジトに据えていると知った今、案外、噂では済まないのではないかと思えてならない。  そんな屋敷の廊下を、こんな風に悠然と闊歩することになるとは、露ほども予想していなかったが。 「レン君さ、見たところ随分若いけど、っていうか最早幼いくらいだけど、ぶっちゃけ何歳?」 「……十八だけど」 「おお! へえぇ! うちの最年少とタメじゃん! 良かったなユノー!」  え゛。  ユノーと呼ばれた少女に目線を送って、それが同年であるという事実を突き付けられて、レンはこれ以上無いほどにまで目を大きく見開き、ついでに頭が白くなるような錯覚を覚えた。  今日、この反乱軍アジトの襲撃は、殆ど捨て身で決行したのは事実である。我ながら馬鹿をやらかした自覚はあるし、何なら決行前から、自分って実は馬鹿だったのではないかと何度か疑いを抱くほどには、無謀さを確信していたところ。  しかしながら、それでも、目的の人物の元へ辿り着くだけの自信は有ったのである。  自慢ではないがレンは足が速い。既に脱退したものの、自隊の中でも随一の速さを誇るスピードの持ち主であった。この洋館の間取りは把握していた上に、最短ルートを通っていたことにも間違いはない。銃を撃ちながら走っていれば誰もが怯んで、近付いてはこなかった。こういった馬鹿をやらかすのには、兎にも角にも早さが命なのである。  辿り着かない可能性も、勿論考慮していた。  どの道ここで命を落とすつもりでもあったから、然程気に留めることもしなかった。  が、しかし。  ただの小ぶりなナイフひとつに止められるだなんて、誰が想定しただろうか。  例えば、この銃社会に、予備の短刀さえ無為とされるこのご時世に、たかが果物ナイフひとつでマシンガンを無効化された男の心境を述べよ、なんて問題を出されたら、一体この世の誰がそれを答えられようか。  あまつさえ、そんな離れ業を行った人間は、女で、そして自分と同年であると。  レンの心は、ズタボロになるよりも前に大混乱の嵐であった。 「紹介が遅れた。この子はユノー、うちの切り込み隊長だ」 「切り込みって物理的に!? 化け物じゃん!あと紹介って何だよ!? 今後とも宜しくする気はねえよ!?」 「おい、女の子に向かって化け物呼ばわりか?頂けないな」 「あー! 悪かったけど! そういう話じゃねえんだわ!」 「レンうるさい」 「はっはっは! まあ、二人とも、そうカッカすんなよ」  快活に笑う男を、誰の所為だ、と二人揃って睨みつける。どこ吹く風といった様子が余計に癇に障って、現状に釣り合わない笑顔への苛立ちが増した。  この状況は何だ、と俯瞰する。  ある男を殺すことが目的だった。ただそれさえ達成できるなら他は何だって良かった。否、達成できるかどうかさえ、どうでも良かった。死地を定めたはずだった。  というのに、わけのわからない男に連れられて、ただ会話をしている。意味のある内容ではない。全く必要のない『駄弁る』という状態が成立してしまっていることが、不自然でならず、気持ちが悪い。  男の人相を盗み見た。  柔和な顔つきである。良い体格である。人が良さそうである。服装のだらしなさと、無造作に束ねられただけの、半端な髪の長さから、荒々しいような印象も受ける。目と鼻と口が正しい位置についており、総じて、外見の評価は高い。  第一印象からずっと、今に至るまで、優男風の印象が消えず、そんな違和感に身の毛がよだった。  どうしてか、自分はこの男を知っている気がする。 「ようし、レン。本題だ。よく聞けよ」  いつだったか、何処でだったか。  会ったことはない。しかし、正体を知るための心当たりが、ひとつだけ有ることに気がついた。  思えばヒントになるものは多数散りばめられていたように思える。例えば初見の印象、会話の言葉運び、目線の動き方、手足が描く仕草の形、等、どれもこれもが言語化することに難があり、しかし確としてレンの神経をざわつかせる、既視感のような何か。  全てがはじめの災厄に繋がる。 「お前、うちの軍に入れ」  そう。  こういう事を、言う男だ。 「――あ?」  WINGED FLIERを結成した人間を、レンは、ぎらついた瞳で見返した。
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