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翼のある少女 2
人を喰らう異形。
姿形は一種類に留まらないが、集まった情報を俯瞰してみると、人型が多いらしいことが判明している。
それに付け加え、異形には体の何処かに必ず『翼』が生えているという報告を耳にしていた。
正しくは、翼の形をした骨格。
その見た目を由来にしたのか、政府はその異形を『翅虫(ハムシ)』と呼称することを公表した。
朝刊とラジオにより瞬く間に世界へ広がったその名称は、人々の抱く漠然とした恐れや憎悪を、明確に形のあるものへと変えたのであった。
*
「翅虫(ハムシ)、ねえ……」
監視の意味も込めてユノー率いる第三小隊に従属する形となり、レンは行き道の列車の中で、新聞を片手に、眉間に皺を寄せていた。
「ムシって面じゃねえだろ」
「? ああ。レンは確か、ベスカ湾岸戦の生き残りでしたか」
「そーだよ。間近で見たが、あれはムシというより、……」
「?」
「……。……何でもねえ」
ムシというよりもゾンビのそれだと吐き捨てるには、少しの抵抗が有った。舌打ちをして新聞を空席へ投げ捨て、ついでに足を組み替えて、忌々しい戦場跡地が近付いていることへの不安を覆い隠そうと、幾らかの努力をする。
ベスカ湾岸、駐留基地。
小隊はユノーとサブを除き、既に目的地に到着していると報告を得ている。
あの日の光景は、酷いトラウマとしてレンの網膜に焼き付いていた。正直戻りたくはなかったが、あのジェイの前でそんな気弱を見せることは憚られ、威勢を張り続けた結果、今に至る。
サブはそれ以上何かを言うこともなく、心中お察ししておりますよとばかりに、ワゴンサービスのアイスティーを差し出した。……少し鬱陶しいなコイツ、と思った。
「……要らねえよ」
「毒は入っていませんが?」
「わーってるよ。気分じゃない」
「それなら尚更、今のうちに少しでも落ち着かれた方が。この後は忙しくなることですし」
「……」
WINGED FLIERに属する人間とは、揃いも揃って押しが強いのだろうか。
ジェイといい、ユノーといい、このサブといい、今のところ出会した主立ったメンツは例外なく人の話を聞かないきらいがある。そして、人に主張を押しつけがちでもある。
目の前の男は他に比べると随分とマシには思えるが、しかしやはり同じ組織の人間ということなのだろう。気の滅入る話である。
さり気なくもグイグイとアイスティーの容器を近付けられて、やはりコイツは鬱陶しいなと確信しつつ、レンは渋々アイスティーにシュガーとミルクを足した。
「それにしても、まさかこうも素直に従属してくれるとは、思ってもみませんでしたよ」
やる事がなく暇なのだろう。どうやら話好きらしいサブは続け様に次の話題を振る。君は見るからにクソガキといった風ですし、と聞き捨てならないことをさらりと抜かして、レンとは違う色の容器に口をつけていた。
あの色は確かホットコーヒーだったはずだ。
甘味料に目もくれず、そのまま飲み下しているところを見て、甘党のレンは、未知の生物を見るような心境に陥った。ブラック党はエイリアンである。
それはともかく、従属の件だ。
ジェイのトンデモ理屈に乗せられてここまでユノーに着いてきてしまっているが、それについては幾つか理由があり、その中でも主な内容がどうしても頭の中をチラついて離れない。どうにも煮え切らない気持ちを溜息に乗せて、長く吐き出したあと、ボソリとそれを零した。
「俺が怪我させた人間が居るのは、事実だろ」
それを聞き取ったサブが、おや、と片眉を歪めるのがわかった。
「へえ! 優しいんですね」
「っせえ、悪いかよ」
「いーえ? そう思うなら最初からやらなきゃ良いのに、とは思いますが」
「……」
反論の材料が見当たらない。が、別段それでも構うことはない。元より理解されようなどと考えてはいない上、寧ろ、自分でも理解が追い付いていないのだから、他人に判られて溜まるか、とさえ思う。
あの日ベスカ湾岸で、身も心も疲弊して窶れている只中に、何の前触れもなく猪突にあんなものを見て、命からがら逃げ出して、それ以来常に、自分の中で何かのタカが外れたような感覚がしていた。
今なら殺れる、と血が騒いだのだ。
恐怖が不思議と殺意へと還元されていった。そこに理由などあるはずもなく、ただ、妙に、ハイテンションで。
恐ろしさなど微塵も抱かず。
ユノーに打ち倒されるまで、所謂トランス状態というものに陥っていた。
――働いて返せ。
知るか、そっちが侵入されなけりゃ良かった話だ、等、言えるだけのことは言った。しかしながらその全てにジェイは聞く耳を持たないスタンスであった。初めから最後まで、自分の主張以外のものを受け入れるつもりはないとばかりに。
『無論、先にも言った通りに報酬は出す。負債を返させるだけの厳しい生活を強いるわけじゃない』
朗々と条件を突きつけられたが、そんなことが重要なのではない。
自分が望むのは貴様の首だと叫んだ。
するとジェイはよりにもよって、親指で、首元を指して、嘲るように笑ったのである。
『だから、くれてやると言っているんだよ』
胸が、騒然と音を立てていた。この男はヤバいと、巷に聞く噂の意味を真に知ったのはその時であったと言えよう。
与えられたのは、仕事と、生活環境と、その男の寝首を掻く権利――その『隙』までを与えるつもりは無いが、と。
欲しけりゃ、奪えよ。
正面から悠揚とした態度で突き付けられて、息が止まった。
正直に言ってしまえば、つまり、『畏れた』のである。
そうして、冷静になった。客観的に俯瞰して全てを見通してみると、たかが一人で逆らえる状況でないことは火を見るよりも明らかであった。
つい数十分前までのハイテンションは何だったのかと疑う程に、その男を恐ろしいと思ってしまったもので、トランス状態もさっぱり抜け落ちてしまっていた。
「君はうちの隊長と似ていますね」
出し抜けにサブが呟く。
脈絡のない言葉に対して、はあ?と怪訝に眉根を寄せて、思ったことをそのまま声に出した。
「あの山猿みてえな女と? 俺が? 冗談はやめろよ」
「……。誰が山猿だと?」
「あ?いや、だからお前の隊ちょ、」
「誰が、山猿だと?」
「……」
圧。
「……な、何でもない」
「よろしい」
カラン。
容器を備え付けのダストボックスへと放り込みながら、サブが満足気に笑うのを見て、一瞬ひやりとした熱が次第に戻ってくる。
何だったんだ、今のは。
般若が見えたぞ。
「……ったく、意味わかんね」
そういえば先から見掛けないな、と、話題に上がったもう一人の動向が少しだけ気になった。
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