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第00話 最初を0話というとカッコいいことに気が付いた
むかし、むかしのお話です。
千年? いいえ、万年? いえいえ、もっとむかしです。
億の単位で数えるほどの、むかし、むかしのお話です。
小さな女神は積み木遊びをするように、世界を創造しました。
純粋無垢な女神同様、おぎゃあと生まれた世界は、何も知らない純白です。
そんな女神はまるでぬり絵のように、真っ白なキャンバスに色をのせます。
まずは青を塗りたくります。
それは空を創造し、空の青さを映し出す海ができました。
水の惑星なんて言えば聞こえはいいですが、青一色では絵も世界も完成しません。
女神は思いつく色を手に取ると、次に黄色を押し付けてみます。
それは太陽を作り出し、世界を温め、希望を創造しました。
もっと温めてみるとどうなるのだろう。女神は興味津々に赤を流します。
それはマグマを作り出し、世界に血を流し、情熱を創造しました。
女神の興味は尽きることがありません。綺麗な色を汚すとどうなるのだろう。
一滴の黒を垂らします。
それは黒い雨雲を作り出し、世界に影を落とし、悪意を創造しました。
こうして、三色が混ざり合い、世界に焼け焦げた茶色の大地が誕生したのです。
最後に女神は、今や白が消えたキャンバスに、改めて二つの白を描きます。
それは光を作り出し、世界に生命を誕生させ、未来を創造しました。
こうして赤子のような女神は、丸い入れモノの中に、世界を作ったのでした。
女神の名を――”レキア”と言います。
* * *
「えっと……思ってたのと違ったんですけど?」
その出来事に喜び勇んだのも束の間。
俺は返す刀でクレームを叩きつけていた。
「フハハハハッ! 何が違うと言うのだ!」
視線の先、クレーム相手は高笑いの後に訳のわからぬことをのたまう。
「いや……何もかもが違うんですけど?」
「フハハハハッ! ”魔王の器”として何が不服と言うのだ!」
「だからそれが不服だっつってんだよ――っ!!」
その怒号が響く世界は、悪臭にまみれ瘴気が蔓延する暗黒の世界。
母さん……あなたの息子は現在、魔界で声高らかに叫んでいます。
その相手は何と言いますか、”魔王”のようでして……。
そして、どうやら俺は、
その後を継ぐ魔王として異世界召喚されたみたいでして……。
母さんは異世界召喚なんて言われてもピンとこないかもしれないけど、
思春期の少年にとっては夢にまでみる憧れなんだよ。
ハッピーバースディ俺。
まったくもって素敵なプレゼントをありがとう。
さて、それでは少し時間を遡り、舞台を地球へと移そう。
それは小雪降りしきる二月二十二日(土)
その日は柳下大地、十六歳の誕生日。
つまり、俺の誕生日ってわけであり、
誰に祝われるわけでもなく、
部屋に引きこもってゲームをするだけのいわゆる普通の日。
いつもと変わらぬ日常。
だったはず……だったんだ。
だったのに――
なんの変哲もない二階建て一軒家。二階の一番奥。
誰が近づくわけでもない隔離された俺だけの世界。
――そこに腫れものを触るかのようにコンッと、
そっと触れるノックの音。
「……大地? 母さん、夜勤のお仕事に行ってくるわね。晩御飯を冷蔵庫に入れてあるから、レンジでチンして食べなさいね」
引きこもって以来だから半年ぶり?
記憶が定かでないほど久しぶりに聞いた母の声。
「…………」
息を潜める俺と遠ざかる足音。
その音色にほっと胸を撫で下ろし、
やがて聞こえる玄関を施錠する福音を合図に晴れやかに広がる世界。
「っはぁ~! 腹減ったー」
一人っきりになり声を発する。
うん。そうでもしないと自分の声を忘れちゃうもんね。
「さてと」そんな呟きと共に小さな世界の扉を開け、
――天界から地上へと降り立つ。
「冷蔵庫に飯があるって言ってたけど……」
それいつもじゃね? どうして今日に限ってわざわざそんなことを……?
なんてことすらわからない俺は、
もっと母さんと会話をするべきだったのだろう。
とはいえ、その会話は今となってはもう叶わないのだけど……。
冷蔵庫を開けるとそこにあったのはお皿からはみ出すほどのステーキ。
――に、貼り付けられた手紙。
『お誕生日おめでとう。ケーキもあるので食後に食べてください。
追伸 何か欲しいものはありますか?
母さん時給が上がったんだよ。
欲しいものあれば何でも買ってあげるので言ってね。
追追伸――今日は”第四土曜日”です』
視線は暫し虚空を彷徨い、
死の間際でもないのに走馬燈の如く思い出がフラッシュバック。
ようやく視点が定まると、
食卓に飾られた赤いフリージアが朧気に霞む。
毎月第四土曜日――
小学四年の二月二十二日、その日がまさに第四土曜日だった。
俺の誕生日ということもあり家族三人で食事に行ったんだ。
ナイフとフォークの使い方も覚束なかったけど、
あんなに美味しいステーキは初めて食べた。
食後に燃えるアイスなんか出てきちゃってさ。
それから数えて五年と半年――
その日以来、毎月第四土曜日は家族三人で食事に出掛ける恒例行事となった。
あ、いや、とはいってもファミレスなんだけど。
それでも俺は第四土曜日を楽しみにしてたんだ。
だけど恥ずかしくもあったな……。
父さんと母さんってば、ファミレスでしょっちゅう喧嘩するし。
やれ、ドリンクバーはいる、いらないだの。
やれ、餃子はダブルにする、しないだの。
やれ、食後のアイスは食べる、食べないだの。
そんな些細な言い争い。
いる派は父さん。
いらない派は母さん。
最後に折れるのは、
――いつも母さん。
父さんはその結果を俺に笑顔で語るのだった。
『やったぞ大地! お前好きだもんな!』
なんて相好を崩して俺の頭を撫でる。
母さんが折れるのも当然だよな。
だって多数決は絶対に父さんの勝ちなんだから。
父さんはいつも俺の味方だったんだから……。
――今日は第四土曜日です。
その言葉がやけに重くのしかかる。
何やってんだ俺……。
心を震わせ、
「欲しいものはたった一つだよ」
空気を震わす。
頬を伝う想いをそのままに、
「母さん、俺はまた”三人で”ファミレスに行きたいよ……」
言うや否や、そのために取るべき行動を確認する。
えーっと、まずは電子レンジに冷めた料理を入れて……温めよう。
腹が減っては戦ができぬだ。
腹と心を満たしたら……勇気を出して母さんと会話だ。
どうやって話してたっけ……俺。
照れくさいけど……「ごめんなさい」から始めてみようかな……。
そしたら次は……なんだ?
そんなの決まってる。まずは引きこもりの脱却だ。
明日は外に出掛けよう。
次の日は、もう少し遠くへ冒険してみようか?
父さんの大好きなみたらし団子を買って、
七駅先まで歩いて……会いに行こう。
――事故で死んだ父さんに会いに行こう。
心の準備もなくあっさり死んじゃうんだもん、
そりゃ俺も普通の生活を送れないって。
事実を受け入れるのに時間が必要だって……。
でも……それも半年が過ぎると、
立派に引きこもりと呼ばれることになるんだって。
そして、今現在、
俺は気持ちの整理もついて引きこもるに値する理由がないんだって!
だから、天国で見守る父さんに墓前で報告をしよう。
「心配すんなよ父さん。明日から本気を出す」ってね。
なーに俺の人生すこーしみんなから遅れちゃったけど、
まだまだこれからこれから。
明日からは道を外れず、真面目にコツコツ平々凡々と、
人生の急斜面を歩いて行こう。
俺、この報告が終わったら、ちゃんと学校に行くんだーっ!!
今にして思えば、
そんなお手本のようなフラグを立てた俺が悪いのだろう。
チ――ン。
白昼夢を見るかの如く思い耽る俺を、
現実世界へ連れ戻すことに成功した目覚ましレンジが、
情熱ステーキの完成をお知らせする。
後は、涙を拭き、母さんの愛情を噛み締めるだけ……。
だったはず……だったんだ。
だったのに――
冷蔵庫に今か今かと待ち構える真っ黒なチョコレートケーキが待ちきれずに飛び出したのか、
突如として目の前が真っ暗になり、
闇に引きずり込まれ、
深く深淵へ落ちるように。
――俺は”ブラックアウト”した。
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