向こう側

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向こう側

 俺は、おやつのクッキーを口に運びながら気が付いた。またあいつだ。窓の向こうで俺と同じようにテーブルに腰かけてクッキーを食べようとしている奴がいる。「また」と言っても、見覚えがある気がしただけだ。あまり昔の事は覚えていない。  あいつは何やらにたにたしている。まるで自分の方が優れているとでも言いたげな嫌な笑い方だ。それがひどく気に入らない。()え面をかかせてやりたい、俺でなくともそう思うだろう。  何か方法は無いものか。考えていると、すぐにいいことを思い付いた。あいつが右手に持っているクッキーを横取りしてやろう。そうしたらあいつの嫌らしい笑みも消えるに違いない。簡単なはずだ。(つか)()ってやればいい。  俺は窓に近付きながら、空いている右手を伸ばした。すると、なぜだかあいつも左手をこちらに伸ばしてくる。まさか同じことを考えているのだろうか。こうなったらどちらが先に奪うか勝負だ。俺は急いだ。前へ前へ、一心に手を伸ばす。しかし、急いでいるつもりなのに、どうやら思っているほどの速さは出ていない。奴との差も全くつかない。このままでは負けてしまう。その焦りがじわじわと、指の先から熱を奪って行く。  もう少しで窓に届くかというところで、左手に違和感を感じた。なんでこう、急いでいる時ほどおかしな事が起きるのだろうか。あわてて左手を見ると、無いのだ。クッキーがない。いつの間にか消えている。落とした訳でもなく、まるで元々何もなかったかのように、ただ忽然(こつぜん)と姿を消したのだ。  まさか先手を打たれたか。よく分からないが、あいつが何かやった気がしてならない。だって、あいつも俺のを狙っていたのだから。見ると、奴の右手は体に隠れてここからでは見えない。だが、俺はあいつの顔を見て自分の考えがあっていると確信した。奴はいつも以上に腹立たしい笑みをこちらに向けていたのだ。
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