落としもの。

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俺は、いつも通り仕事に行くために駅前を歩いていた。 コツン つま先に何か当たる感覚がした。 ん? ふと足元を見ると、ピンク色の定期入れだった。 落としものか…… その定期入れを手に取り、あたりを見回す。 どこに届けようか。 ここはあいにく交番も遠い。 駅までも少し距離がある。 どうしたものか……。と考えていると視界の隅にキョロキョロと動く女性がいるのが見えた。 もしかしたら、これの持ち主? 声をかけようとした瞬間だった。 その女性がこちらに気づき、駆け寄ってくる。 「す、すみません。それ私のです!」 慌てた様子で、俺に近づき目の前に立った。 つむじがみえるくらい小さい。 そして、何とも言えない女の人の香りがする。 「あ、よかったです。さっき気づかずに蹴っちゃったかもしれません。」 「あぁ!いいんです!見つかっただけでうれしいので」 女性は、ユリの花が咲くようなふわっとした笑顔を見せた。 ____その瞬間、安心するような緊張するような、泣きたいような不思議な感覚になった。 「拾っていただいて本当にありがとうございます。」 「あ、いえ。」 「主人に、プレゼントしてもらったものだったから……」 「そうだったんですね、よかったです」 ____既婚者……。 「あーもうこんな時間!本当にありがとうございました! これから、打ち合わせがあって急がなくちゃいけなくて、本当に本当にありがとうございました!」 深々と礼をしてその人は足早に駅の方へと歩いて行った。 その後ろ姿を見ていると、無性に泣きじゃくりたくなったのは何故なんだろうか。 ____もう二度と会うことはないだろうけれど……。
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