宣教師でも良い?

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宣教師でも良い?

夜である、年寄りになると早寝早起きになると言うが、最近の食っちゃ寝生活により私の生活習慣はバラバラになっていた。 昼寝のしすぎなのだ、アホ丸出しである。 慶次はともかく、昼寝をしておらずに後ろに控えている幸村は眠そうだ。すまん、夜なのに外に散歩に出たいとか言ってしまって申し訳ない... しかし仕方が無いのだ、こんな夜中に歩くのには理由(わけ)があるのだから。 そう、真夜中のおやつタイムである。 清吾の店でほうとうを食べ、その後に行った飯屋は食後の和菓子が絶品だった。 故に、そこの主人に頼んで今夜持って来てもらうということをしてもらったのである。 作りたて、そして夜中に食べる菓子という背徳感。 いや〜良いな本当、わがまま言って良かった。 本当はちょっと行儀が悪いので幸村や慶次には秘密にしておきたかったが仕方が無い、幸村や慶次にも分けてもらうことで許してもらおう。 いや、この際上手く幸村と慶次を誘導してバレないように食うことはできないかな? だけどこの2人はいつも一緒にいるし、絶対に離れる気配が無い。 まぁ、無理か。できたらやってみよう。 清吾の店は、あれから何度か顔を出したのだが空いていなかった。街の者に話を聞いたところ、清吾は自分の村に戻っていて店は休業中らしい。 世知辛いな、あんな歳になっても村のゴタゴタに付き合わされてるだなんて... どこかで労ってやらねばなるまいな。 2階建てとなっている宿の入り口を出た先でうろうろする、既にこの宿の主人も寝てしまっているようだ。 主人が「名高き輝宗様が泊まって下さるなら防犯の心配はいりませんな」とかほざいてだけど相当無礼だぞおい。 まぁ清吾の席で酒を飲んだ中だし、今更身分も何も無いのでどうでも良いと言われればそうなのだが。 「ご隠居様」 不意に、慶次から声をかけられた。 「なんだ?」 機嫌が良いからだろうか、思ったよりも陽気な声を出して私はそれに応える。 「淀んだ気が蔓延しております、ご隠居様、念のため宿の中に入って頂けると」 ん? なんだ、淀んだ気って。 気配のことだろうか、聞いた話だが一流の武人は人の気配を瞬時に見極め対応すると言う。 その者が隠れ潜んでいようと殺気を見極め対応するのだと言うから驚きだ。第三の眼とか言ったかな。 私には全くわからんものだ、何それとしか言いようが無い。 または悪霊の類を言っているのかも知れない、悪鬼羅刹、この時代は本気でそういったものが信じられているからな。 曲者だったらとめて欲しいが、残念ながらここに来るのは包み袋を持ったおっさんだ。 問題無いだろう。 「手出し無用だ」 「しかし」 「慶次、これから来るのはそういったものでは無い」 そう言うと、私は目の前に清吾がいるのを見つけた。 若干顔色が悪いが大丈夫かな? 「おお!清吾が来てくれたか」 ところで清吾、何しに来たの? ◇◇◇◇ 真田の家は武人の家だ、武田ほど勇猛でも無く、長尾ほど策に優れず、今川ほど優美では無いにしろ、ここまで家を保って来た父昌幸の実力は間違いなく後世に名を残すものだろう。 私もいずれはそう言った働きをしたいと思っているし、そういった働きをして英雄となったご隠居様に仕えることに些かの後悔も無い。 私、真田幸村はご隠居様の後に続き、目の前に立つ青褪めた顔の男を凝視していた。 清吾、そう呼ばれた元名主はご隠居様をまさしく化け物を見るような目で見ている。 そんな清吾を前にしてもご隠居様は笑顔だ、気にしていないふりをしているように静かに近づいていく。 一体何が起きているのだ? そう思っていると慶次殿が私の耳に口を近づけ、小さな声で話しかけて来る。 「あの男の背後に50はいる、いつでも抜けるように準備をしろ」 汗が引いたような感触があった、手がぴりぴりと震え、刀の鍔に手をかけようとする手を必死で抑え込む。 馬鹿者め、手をかければ気づかれてしまう! そんな私の挙動に気づいたのか、慶次殿は元の待機状態へと戻った。 しかし、目を凝らして見るとその体が殺気の塊となって清吾に襲いかかっているように見える。 それを見た清吾は顔を青褪め、立っているのもやっとな状態だ。 なるほど、これで青ざめていたのか。 恐らく、あと1歩でもご隠居様に近づいたらその殺気は現実のものとなって清吾に襲いかかるだろう。 いや、むしろ気押されていると言った方が正しいのか。 だが、そんな清吾に対しご隠居様はあくまで平静に話しかけていた。 「清吾、村から戻って来たか」 「は、はい。息子から呼ばれましてね」 「元名主と言うのも大変なのだな、もう隠居したのに厄介ごとばかり降りかかるとは。災難であろう?」 「それほどでも」 慶次殿は50が清吾の後方にいるという情報を掴んでいる、ならばご隠居様はどこまで知っているんだろうか? そもそもこの状況を整理するところから始めねばならないだろう、50もの人間がいると言うだけでは慶次殿は警戒すらするまい。 つまり50はこちらに敵意を持つ者達ということに限定される。 敵の存在は?身分は?また松平の刺客? そんな想像が思いついては消えていく、そんな時私を答えに辿り着かせてくれたのは清吾までが慶次殿の殺気を受けているという事実だった。 まさか慶次殿ともあろう武人が無関係の者に殺気を振りまく粗相はするまい、清吾と50名の者達はグルということか、ではその50はどこから? 村か、戻って来た清吾とこのタイミング。恐らく間違いない。 一揆というところまでは絞られないものの、清吾に連なる者達というところまで私は予測することに成功していた。 そんな私を他所(よそ)にご隠居様の話は続く。 「何用でこられたのかね?」 「貴方ならばもしやお気づきでは無いのですか?」 「なるほど、そういうことか」 ご隠居様が笑ったように見える、この場面で笑み? 「今日は客人が多い日だ、そうでは無いかな清吾」 「あり得ない、あれ程遠くにいるのに...やはりお見通しでしたか」 清吾は青褪めながらも恭しく頭を下げる、その表情はどこか安堵しているようにも見えた。 「ならばわかる筈です、輝宗殿、私はーーーー」 「あぁ、それ以上は言わなくて良い。中に入りなさい、()()()()()()()()()()」 「・・・・は?」 清吾が口をあんぐりと開けているのが見える。 「正気でございますか、この人数差ですぞ?」 「なんだ、大人数なのか?それでも問題ない、慶次は文武に優れ文化人としても名高き男だ。何人来ても対応できよう」 ぶるりと慶次殿の身体が震えた気がした、口からは獰猛な歯を覗かせて槍を持つ手が大きく揺れる。 戦意十分、何人来ようが決して引かない。 平時の穏やかな慶次殿とは一味も二味も違う雰囲気を、慶次は戦の経験もほとんどないであろう()()にぶつけていた。 そんな殺気を受け止め切れる筈も無く、清吾の口から「ひいっ」という情けない声が出る。 宣戦布告 理由は不明だが、ご隠居様は清吾の後ろにいる50名に宣戦布告をしてのけたのだ。 「て、輝宗様。我々は輝宗様のみに目的があるわけであって、そちらのお侍様に用があるわけでは無いのです」 「その通りだ、故に清吾だけ宿に入れと言ってあるのだ。安心せい、宿のものはとうに眠りについてある」 挑発だ。 貴様らなぞ慶次と、私で十分だと言う信頼だ。 そう考えれば今更だが、ご隠居様がわざと酔って我々に自身の警護を全面的に任せた理由も説明できる。 これまでの旅はご隠居様にとって意味のある旅であり、そして我ら2人を試していたのだ。 襲いかかる襲撃、それに対応する私たちを見ることによっての能力の見極め。 『問題無い』 護衛対象の身を十分に守れる実力を保持していると認められたからこそご隠居様は酔い、ぐっすりと寝ることができたのだ。 むしろこれまでご隠居様を安堵させることができなかったのを恥じつつも、信用して下さったことに深く感謝して私は前を向く。 「ほら、来るが良い清吾よ。持っている包みを外れずにな?」 「あ、あぁ、あああああああ!」 清吾はとうに気づいている、宿に入った瞬間自分がご隠居様に斬られるということも。 清吾は何をするつもりだったのだろうか、戦の降伏勧告を告げる使者よろしく交渉でもするつもりだったのか。 残念だったな。 醜く笑う顔を惜しげもなく清吾へと見せつける。 お前、目の前にいる方を誰だと思っている!? 貴様の目の前にいるのは!!!!! 今川輝宗! 戦乱の世に生まれた英雄なるぞ! 「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」 瞬間、清吾はご隠居様に背を向けて逃げ出した。 途中こけてしまい、しかしなお四つん這いで犬のようになりながらも逃げて行く。そして、背後にいたと言う50名を残らず連れてきて、ご隠居様の面前で土下座させた。 「どうか、どうか我らの村をお救い下さい!」 その姿は、まさしく敗軍の将にしか見えなかった。 『是の故に、百戦百勝は、善の善なる者に非るなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり』 私は、ふとご隠居様が仰られていたこの言葉をを思い出す。 これも、『戦』か。 私はもしや勘違いしていたのでは無いか? 温泉の際、私は良い様にご隠居様に向け戦争を語った。 孫氏を学び、父に憧れているなどと言った私は今にして思えば童そのものでは無いか。 今、眼下にあるこれが勝利で無くてなんとする? ほんの数刻前まで、確かに私は戦を、初陣をしていたのだ! 夢から覚めた様に私は前を向く、目の前には村のものと話すご隠居様が見える。 ふと、ご隠居様がこちらを見て笑いかけたような姿をしたのを見て、私は確信した。 脳内に落雷が落ちて来たかのような激しい衝撃が伝わる。 そうだ、この旅の目的が慶次殿の言う通り「今川家に逆らう者の炙り出しの旅」であるとするならば。 ご隠居様は今も戦をしておられる! 『戦乱の世は、終結せず。各自より一層の奮戦に期待す。』 そんな言葉が、幸村には聞こえた気がした。 ◇◇◇◇ 戦乱の世は!!終結せり!! 帝も仰られていたことだろう、何故こんなことになっているのだ! 目の前には土下座している素性不明の50名の男たち、先頭で土下座しているのは私の菓子を持っている筈の清吾だ。 助けて下さいしかこいつら言わないし、どうなってやがるんだ。 慶次と幸村はキラキラした眼で見てくるだけだし、もう無理だ。やってられん、眠たくなって来た。 疲れた、菓子食いたいなぁ。 まだか?菓子? 現実逃避しかかった脳を、清吾の声が引き戻す。拙いな。 「それは存じておりまする、輝宗様にお願いしたきことは、輝宗様のお知恵を貸して頂ければということでございます!」 最悪だ。 本当どうしてこうなった?誰か理由を教えてくれよ。 どうして、菓子を頼んだら痩せ細った男50名に土下座されねばならないんだ? 勘弁してくれ、そう言いたい心象をぐっと飲み込み私は前を向く。 切り替えよう。 逆に考えればこの状況はいつもの通りだ、私に向かって来る厄介ごとを解決する。 至極単純(シンプル)なことだ、唯一言いたいのが私にメリットが無いということだが。 「我々はこのままでは生きていけませぬ!お願いします輝宗様!」 拒否権は、無いよなぁ。 それに、たった今名案を思いついた。 ()()()に全部押し付けてやろう。 「委細承知した、この今川輝宗、微力ながらお前たちの力になろう」 おぉ、そうした声が聞こえてくる。 期待されてしまった、それなら答えるしかあるまい。大分不味い提案なのは承知しているが、これを受け入れてもらえないなら仕方がない、諦めよう。 「今回私は1人の男を紹介する、知恵に優れ、統率力も申し分無い。農耕のことも詳しく、連れてくれば村の問題は恐らく解決するだろう」 だが勿論問題もある。 当然と言えば当然なのだが、私の要請にすぐ答えてくれる人間と言うのは非常に少ない。 勿論答えてくれる人間はいるかも知れないが、殆どの者は武家のため本来のお役目があるだろうし、それを放り投げて来てくれとは言えない。 故に、ここで私が呼べる人間は限られて来る。 うん、だがこの人選は間違いにはならないだろう。 ただ、当然そんな良物件には裏があるのが常識だ。 「宣教師なのだが、大丈夫かね?」 そう、私は恐る恐る清吾に話しかけていた。
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