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そして話は冒頭に戻る
そして話は冒頭に戻る。
人の殺し合いは幾らでも見てきた輝宗だが、その当事者になるとは夢にも思っていないだろう。
京を出た輝宗一行は、街道と関所を通りながら馬を使って数ヶ月。ゆっくりと今川の領地へと入り、本拠地である駿府城へと移動していた。
今川家の直轄地は、滅ぼした織田、斎藤などの領地を入れた数カ国である。美濃、尾張、そして本拠地である駿河、遠江などだ。
輝宗もこの旅は、極端に言えば急ぐ旅でも無ければ焦らなくてはいけない用事も無い。
4人の人を探すという目的こそあるが、転生した直後からこの世界でひっそりと生き残ることに執心しており、余裕ができたからこその目的というだけのことだ。
どーせ何十年も待たせているのだし、別にちょっとぐらい待たせていても問題は無いだろう。
故に輝宗は警戒していなかった、普通に、ごくごく普通に旅を楽しんでいた。
戦国時代、元の世界では見られない風景や場所が沢山ある筈だ。
心情を吐露するならば、年甲斐も無く胸が踊っていた。
それが命取りになる。
ここは、とある街道の途中にあるお寺だ。
寺に住む僧侶達、勿論そこには武力を保持した僧兵もいる。
そんなところに山賊が来ただとぉ?
一体どういうことなんだよ、確かにここの寺は立派なものだ。だが金目のものがあるとは思えない。
いや、あった。
あの、寺にあったデカイ仏像だ。
結構大きいし、金属でできたあの仏様は、山賊たちの良い標的だろう。
だが残念だったな、ここには前田慶次がいる!
バケモノであるアイツを止めるのは至難の技だ。
主人である私と、供回りは部屋が違う。
取り敢えずあの2人と合流しなきゃな...
寝巻きの白い服に、持っているのは刀一本。
これで盗賊と相対するのはあまりにも心許ない。
というか、フル装備でも戦いたく無いんですけどね。
「探せ!!このあたりにいる筈だ!」
そんな声が聞こえて来たので、私は必死に身を潜める。
盗賊たちの足音と、焦っているような声色が聞こえて来て、その後奥へと消えて行く。
盗賊ども、仏像はもっと奥だぞ?
下準備を怠っていたようだな、いい迷惑だ。
気にせず、私は匍匐前進のまま、供回りが泊まっている部屋へと向かう。
やっと到着した...
だがそこにいたのは、幸村だけであった。
しかも戦闘中、慶次はいない。
え?慶次何してんの?
物陰に隠れて、その戦闘を覗き見する。
13歳、元服したてで初陣も済ませていない若者にしては良い動きをしているな。流石は真田幸村、私が知っている化け物集団にはまだまだ届かないが、まぁそれでも及第点はあげられるものだ。
あ、私?その辺の農民になら勝てるんじゃないかな、多分。
そんなことより目の前だ、山賊は3名、こっちは1人、観戦者1人。
山賊というのは、生活に困窮した農民や、家が潰れたり上役から改易された武士くずれがやっていることが多い。
故に、戦闘訓練をみっちり受けた真田家の次男には分がある。
そう思っていた、いや実際そうだし。
私の知る化け物とか、リアル一騎当千を地で行くからね?
その話はまた今度にしよう。
幸村が素早い身のこなしで、賊を斬ろうとする。
賊は身をよじって逃げようとするものの、耳を根本から斬られてしまった。
うわ、あれ痛そう。
だが、幸村の快進撃はそこで止まる。
意外なことに、幸村の刀はここで折れてしまった。
まずいな、普通ならばここまで小太刀などを使うところだが、幸村はまだ年少でおまけに寝起きの状態だ。刀一本しか持っていない。
これは逃げるだろう、そう思っていたのだが、幸村は折れた刀で賊を斬ろうと立ち塞がる。
だが表情は、その歳相応に恐怖で彩られていた。
何故逃げない?今はそれを考えている暇は無いか。
どうする?
逃げるか?
ふと、私の中にいる悪魔がそう呼びかけて来た気がした。
元々ここに来たのは慶次と合流するためだ、それに、私1人ではあの状況をどうにかできるとは思えん。
敵は3人、味方は1人で武器も無い。私が持っている刀を渡しても良いが、使い慣れていない刀を使って十全に戦えるとも思えない。
だが
あの少年が真田幸村だから?
あの少年がいずれ日の本一の侍になるから?
関係無い。
助ける。
技術が無くても、策が無くても、助ける。
こんな時代に生まれた、生まれてしまった。
だからこそ私は、味方を見捨てて逃げるなどという自分らしく無いことはしたくない!
「そこまでにしておけ」
刀を持ち、私は悠々と山賊と幸村の間に入っていった。
◇◇◇◇
私の名前は真田幸村、最近改名し、ご隠居様の供回りを勤めている者だ。
信濃国の豪族、真田の家は、上田城を本城とする田舎の家だ。
そのあり様は如何にも地味で、華々しい戦で戦果を挙げた訳でも無い。
私が物心ついた時には、今川様によって戦乱の世はある程度終息に向かっていた。
ある程度は、と言うのは百姓による一揆や大名による小競り合いは続いているということだ。
だが、私はこの年齢になるまで初陣をも得ておらず、このまま朽ちるのみと思っていた。
そんな折、私宛に京より文が届いた。
あまりにも妙だ、真田家は母上が元々公家の清華家菊亭晴季の娘であり、京より文が届くことは珍しく無い。
だが、私個人に文が届くことなどあり得ないのだ。
それに、中身を見て驚いた、私が今川輝宗様の供回りに選ばれたと言うのだ。
今川家と真田家は、特別な繋がりは殆ど無い。
強いて言うならば同盟を組んでいる武田家に真田家は臣として仕えている為、そこからの繋がりと言えばそうなのかも知れない。
今川輝宗様と言えば、天下を掌握していると言っても過言では無い今川義元様の弟だ。
その実力は宝石混合なものではあるが、いずれも英傑と呼ぶに相応しい逸話を持っている、
『鬼輝宗、率いば劉邦に匹敵し、刀を持たば項羽に劣らず』
『戦わずして勝つ、輝宗こそ孫武の体現なり。』
そんな人物が、何故私を指名したのか?理由は不明だが、それでもこれは好期だ。
父上も、輝宗様より色々と学んで来いと快く送り出してくれた。
だが、初っ端から命の危機だ。
「オイ、起きろちび助。賊が動き始めた」
旅の途中、寺にお世話になることになった私たちは、真夜中に叩き起こされた。
寝ぼけた眼を強制的に目覚めさせ、起こした慶次殿の方を向く。
慶次殿は、既に寝巻き姿から着替えており、戦闘準備を終えていた。
「賊とは、一体何が目的で?」
「わかるだろ?ご隠居様を狙ってやがるのさ。お前はここでじっとしてろ、俺はご隠居様を守りに行く!」
そう言うと、慶次殿は槍を持ち部屋を飛び出して行ってしまった。
だが、私もここでじっと待つ訳にはいかない。
刀を持ち、同じように部屋を飛び出して行く。
これがいけなかった、慶次殿の言う通りこの場に待機しておくべきだったのだ。
それとも、せめてきちんと装備を整えてから出るべきだったのか。
何はともあれ、焦って走り出した結果、賊に見つかってしまったのは確かだ。
「なんだぁ?このガキは」
「恐らく、真田の小僧だろう。殺せ!」
私のことを知っている、これがご隠居様を狙ったものであると確信するには十分な情報だ。
慶次殿の言っていた通りか。
賊の刀がこちらに迫ってくる、私はすぐさま抜刀し、その刀を受け止める。
拙い、あまりの衝撃に手が痺れてしまった。
敵は3名、賊に姿を似せているが、その裏は良く訓練された者だ。
所属はわからないが、これは厳しいな。
返す一刀で賊の頭を狙う、だが賊はそれを躱し、代わりに耳を取った。
だが、代償は大きい。
私の刀が折れてしまった、これでは戦えやしない。
「若いながらいい太刀筋...」
「摘んでおくに越したことはあるまい!」
逃してはくれそうに無いらしい。
真田は武士の家、その旗印の六文銭は、死を恐れないという意味もある。
そんなものは嘘だ、死は恐ろしい。
父上でさえ、死を怖がっていた。
戦争が嫌いな父だった、そんな臆病者の血は、明らかに息子である私に受け継がれている。
だが、それでも私は真田の男だ。
引く訳にはいかない、臆病であっても、真田は臆病に見えてはいけない。
故に私は刀を構える、その顔は恐らく恐怖で染まっているだろうが、それでも男らしく、最期まであれるだろう。
そんな、自らの最期を覚悟した時ーーーー
「そこまでにしておけ」
闇が、現れた。
寺には松明による明かりなど無い、故に月明かりでのみ賊の姿を捉えていたのだが、そこに現れたお方は、体に闇を纏っていた。
その全体が見えないのだ、その顔こそ月明かりに照らされ、僅かばかり見ることができるが、その体は闇に溶け込むように姿を隠していた。
途端、ビシリとした空気が全体に流れる。
刀を構えた賊たちが、まるでそれが心許ないとでも言うように2歩、3歩と後ろに下がった。
その方が近づいて来て、漸くその正体に私は気付く。
「ご隠居様?」
「遅参、済まないな幸村。許せよ」
ご隠居様は、いつも通りの笑顔でそう言う。
私と同じ場所に立っているのに殆どその顔が見えず、目ばかり光っているように見えるご隠居様は、私から見ても不気味だった。
その視線は、目の前にいる賊を品定めしているように放さない。
視線を感じたのか、賊の足がまた半歩下がる。
ご隠居様はまだ刀に手をかけてすらいない、だが、もう既に勝負はついている気がした。
「さて、お主たち」
ご隠居様が口を開いた、賊の体がびくりと震える。
「この寺院は私も、兄も世話になっている由緒正しい寺院である。そのお膝元で殺しを見るのは仏様も拙いだろう。一度しか言わん、ここから去るが良い」
「なにを...!」
「待て、3人一斉なら、あるいは」
「しかし...これは」
「うむ、死を覚悟せねばなるまいか。」
賊は、侮られたかと激昂しつつも、一度下げた足を前に出さない。
出せないと言っても良いのかも知れない、ご隠居様はその強さが1人歩きしており、どんな流派、どんな剣法を使うかもわからない。
と言うより、刀も抜いていない為、その領域を測りかねているのだ。
いや、もしやそれこそがご隠居様の狙いなのかも知れない。
影に己を隠し、鞘を隠し、相手に領域を踏み越えさせまいとする。
それにより、本気で賊を見逃そうとしているのか。
読めない、無駄な殺生を嫌う人物と聞いているが、それが賊に通用するとも思えない。
そんな私の思考とは別に、膠着状態は続く。
だが、それもほんの数瞬のことだった。
少しずつ賊とご隠居様との距離が縮んで行く。
だが、それでもご隠居様は堂々と、未だ刀に手をかけてすらいなかった。
「仕方ないか」
そう言うと、ご隠居様は、いよいよ刀を抜いた。
おどろおどろしい刀だった、ご隠居様の持つ刀は村正と呼ばれる名刀だ。
決して派手な刀では無い、わかる者で無ければ凡百の刀と見紛うだろう。
だがその刀は、夜の闇から零れ落ちたように怪しく輝いていた。
上段構え、ご隠居様の体から熱気のようなものが出て私の肌に当たり、思わず鳥肌が出てくる。
その姿勢は些かの揺らぎも無く、まるで静寂にある水面の如く。
ただそこに有るだけなのに、己が矮小な存在であることを否応無く思い知らされる。
まるで神聖な神岩の前にいるような、そんな雰囲気。
この敵意を向けられるのは御免だ、私は生まれて初めてそう思った。
「幸村」
「はっ」
「お主、慶次を呼びに行けぃ」
「何故ですか、私もここで戦います!」
「折れた刀で何ができる?」
「あ....」
しまった、私の刀が折れていたことを失念していた。
「いいから行けい、慶次のところなら安心だ」
そう、平時と変わらぬ様子で、にこやかにご隠居様は私に笑いかけた。
ここ以上に安心なところなど無い、だがご隠居様の仰られることには一理ある。
私がここにいてできることなど何も無いのだ。
だが
私は気づけば、ご隠居様の横に立っていた。
「幸村?」
「せめて、壁ぐらいには使えましょう!」
「逃げろと言うておるに」
ご隠居様はこう言っておられるが、3対1より、2対1の方が楽に戦える筈だ。
どちらにせよ、このまま逃げて慶次殿とただ合流する。
それだけは嫌だった。
「ハァァァァァァァァァ!!」
自然と腹から声が出る、隣に最強の男がいるからだろうか。
体から、力が漲るようなそんな気がした。
「行くぞ!」
「応!」
そんな声が賊からも飛ぶ。
壮絶な戦いが、始まりを迎え。
そして終わった。
ご隠居様の頭から少し離れた場所からまさに降ってきたようなその槍は、正確に賊の3人を串刺しにし、その命を絶った。
「ハーーーッハッハァ!!ご隠居様を助けに行くつもりが、ちび助を助けて頂いていたとは、助けられたような心持ちでございます。」
「慶次殿、私はちび助ではありませぬ!」
そこにいたのは、慶次殿だった。その体は全身が血によって濡れているが、体には傷1つ無い。
ご隠居様の寝所へと行き、戻って来たのか。
戦闘を行っていたことを考えれば早い!
「大事無いか、慶次」
「えぇ、ええ!しかし流石ですな、私が狙っていたのに気付き賊を誘導するとは。私としてはご隠居様の剣技をお目にかかりたかった気持ちもあるのですが」
「私が得意なのは構えだけでな、腕はからっきしだよ」
「ご謙遜を」
慶次殿がぺこりと頭を下げる、私もそれに続き頭を下げた。
これから如何するのかを問わねばならない。
「して、これからどうなさいますか?」
「一先ず住職どのを守らねば、慶次、先導せい」
「承知、ところでご隠居様、周りに鼠がまだいる様ですが、どういたしますか?」
そんな慶次殿の問いかけに、ご隠居様は不思議そうに首を捻る。
「鼠...鼠か?慶次、ここは寺院ぞ」
「無益な殺生はお控えになりますか、承知致しました。では、行きましょう!」
結局、賊は慶次殿とご隠居様が殆ど殺してしまったようで、寺院側もけが人も出ずに事なきを得ていた。
慶次殿もご隠居様も、賊が来ることを事前に察知していたと言うのに、私は利益殿に起こされるまでそのことに気づきもしなかった。
まだまだ修行が足りないな、私はそのことを痛感していた。
「ご隠居様、義元様のこと、もっと教えてくだされ!」
今日も私は、旅の途中でご隠居様に知識を貰う。
「兄上か、偉大な方だった。奢りさえ無ければ戦国で最も偉大な将だろう」
「私は、あの事が聞きたいですなぁ」
「あの事とはなんだ?慶次」
「義元様が上洛なされる際、ご隠居様が駿府城に入り、義元様の代わりにこの城を守ると示され、義元様が涙されたことでございますよ」
「なんだその与太話は、それは虚言だぞ?」
「なっなんと!?」
慶次殿が驚いたような素振りを見せる、本気で驚いている慶次殿の姿は、これで何十度目になるだろうか?
きっとこれから何度も見ることになるだろう、ご隠居様の冗談は本当に面白いですからね。
「私は母上様に呼ばれて駿府に行き、菓子を食って兄上に文を書いただけだ。兄上はその文を読んで、俺が戦をしている時にお前は菓子を食って呑気に文を書いているなどと、呆れるやら悔しいやらで涙を流した。そういう訳でしか無い」
「「全く、ご隠居様の冗談は全く持って面白い!」」
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