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こういうので良いんだよこういうので
全てが終わり、私達は寺の住職に別れを告げ、街道を馬でゆっくりと歩いていた。
やれやれ、終わったな。
先日の一件は本当に焦った。
まさか、仏像を狙った盗賊に襲われるとは。
ついて無いな、だが、結果的に住職も無事だったし、怪我人もほとんどいないと言うのだ。良かったと言わざるを得ないな。
1番拙かったのは、死体の処理ぐらいだよな本当。
あれ、何十人ぐらいいたんだ?本当に。
『10から上は数えておりませぬ!』
とは本人の談だ。
まぁ、慶次が強いことも、幸村が負けん気の強い性格なのも知れた。双方ともまだ若いが、いずれは良い将になれるだろう。
その頃にはこの日本から戦は無くなっているかも知れないが、まぁそれはそれだな。
私の管轄外だとも。
それにしても、賊と戦うってなった時は本当に驚いたよ。
私は戦えないからね。刀をいくら降っても、実戦を経験して無いせいか、それとも量が足りないのか。
刀が上手く動かないんだ、握りが甘いのか、手から離れておかしい方向へと飛んで行ってしまう。
師に見放されるのも当然なのかな。
別に、運動オンチと言う訳では無いんだ。人相応の運動能力は保持している筈だし、悪くは無いと思っている。
ただ、刀だけは触れない、弓も同じくだ。
こと戦闘に関して私は何もできないという認識の方が、どうやら正しいようだ。
残念だな。
とは言え、手にマメができる程の特訓は、全くの無駄であったとも言えない。
そう!剣を振るうことによって構えが綺麗になった、あと、普段の生活で姿勢が良くなった!
まぁ、肝心の刀の腕は全く上達していないが、これはまぁ仕方がないだろう。
センスが無いんだな、センスが。
「ご隠居様、もう直ぐで遠江を抜け、駿河に着きますぞ!」
「そうか、ここまででも長かったなぁ」
幸村が楽しそうにそう言ってくれると私も楽しみになるね。
「駿府の城を見るのは初めてでございます!一体どんな城なのですか?」
「ごくごく普通の平城よ、名城と言う訳でも堅城と言う訳でも無い。だが、雅な良い城だ。」
「見るのが楽しみですね!慶次殿!」
「あぁ、天下人の本拠地だからな、きっと美味い飯がたんとあるぞ〜」
2人が、心底楽しみなようにそう言う。そんな大した城では無いのだがなぁ。
良い城であるのは間違い無い、今川館もあるし、立地も良い。
馴染みの者も数多くいるし、息子もいる。
本格的な旅が始まる前に、父上や母上の墓を見舞うのも悪くないだろう。
早く着かないかなぁ、そんなことを思いつつ、私は馬を走らせるのだった。
駿府城、今川館に着くのは、もう直ぐだ。
......それにしても、なんだが寒気がするな。
◇◇◇◇
「一体なんなんだ、ありゃぁ...」
「あぁ、当て馬に侍くずれたちと、数人の下忍を向かわせた筈なんだが、全員殺されるか、逃げちまったよ。」
深夜の森、輝宗たちが全ての賊を倒したその闇に、その男たちはいた。各々は格好こそ普通の百姓や商人のものだが、その肉体と、その身に纏う雰囲気は並々ならぬものを感じさせる。
そんな尋常じゃない男たちが3名、何かを相談し合っていた。
「前田利益、いや今は慶次と名乗っているそうだが、あれは人の類ではあるまい、物の怪と言われても儂は驚かんぞ...」
「ううむ、何故あれだけの逸材が今の今まで無名だったのか」
「あれだけの地位と権威を得ておきながら供回りを2人に限定し、かつ自らが指名するなど余程のことかと思うたが、これは予想以上の傑物らしいの」
彼らは、松平三河守元康の密命を受けて輝宗を暗殺しようと企む乱破たちだ。
戦国時代、忍という言葉は使われていなかったとされており、忍という名称では無く、伊賀者、甲賀者、乱破と呼ばれていた。
さて、そんな彼らだが、一部始終を全てこの目に収めていた彼らにとって最も恐怖だったのは輝宗では無い。
否、輝宗も怖かったのだが、実害という面では遥かに上がいた。
慶次だった。
「あの太い槍で立ち塞がるモンを串刺しにしとったぞ、奴は人間では無い」
「人がまるで紙のように死んでいったわ、立ち振る舞いも隙が無い。儂らとあやつは何度も目が合った。こちらに気づいてあったのだろう」
「ご隠居様が静観を命じて無ければ我らの命は無いところであった」
「しかし鼠とは上手いことを言う、まぁ儂らは鼠は鼠でも袋の鼠であったらしいがな」
笑い話にもならないようなことを言うと、ようやく恐怖に染まっていた3名の表情が少し和らぐ。
あの死地にいた訳では無く、むしろ安全なところにいたのに震えが止まらない。
前田慶次という男の底の見えない男の本性を、彼らは確かに垣間見ていた。
「半蔵様はどうなされたのだ?」
「あの方は駿河へ行かれた、本拠地での死なら誰も不思議には思うまい。あそこは防備が最も堅い場所であるが故に最も油断し易い。そこならば我々にとっても機会はある。」
「成る程、あそこは今川の本拠地、土地勘の無い我らには不利...と見せかけてという事か。半蔵様も流石よの。」
3人が示し合わせたかのように笑う、なんにせよ今回の襲撃は序章に過ぎない。
数人の下忍を殺されたのは痛手だが、甲賀者など、全体の人数は百をゆうに超えるのだ。
しかも、次は半蔵が直接行くと言う。
輝宗がいかに達人であろうと、死は間違い無い。
そう彼らが確信していたその時ーーーー
「ふむ、ならば拙も行かなければなりませんかねぇ?輝宗様のことです、草の動向など歯牙にもかけてはいないでしょうが、それでも相手は服部半蔵。」
「貴様、何者だ!」
その女は現れた。
紫を基調とした派手な格好、にも関わらずそれをこの距離になるまで男たちに悟らせなかった技量。
その顔は月明かりの中で一際美しく輝いており、ただの町娘とは思えない。
それは普通に考えれば乱破としては失格なのだが、それを思うことはできない。
彼らとて、プロである、となればこの辺りで怪しい者を見かけたならば当然彼らの耳に入るはずなのだ。
それが入って来なかった、と言うことはこの女は我々の網にまるでかかること無くここまで来れたと言うことになる。
これだけ目立つ容姿にも関わらずである。
当然、ただ美しいだけならば話題に上がらないことももしやあるかも知れまい。だがその女の身のこなしは常人の者では無い。
明らかにその道の者だ。
「女!何者だ!」
たまらず、1人が女に向けて質問する。
戦闘になる、乱破としての長い経験からそう悟った3人は、直ぐさま戦闘態勢を整える。
「ならば拙も援護に行かねば、あの方をお助けできる?あの方に拙は必要とされる?拙は必要?不要?あの方は来る者を拒まない。なればこそ拙にも機会が巡ってくるやも知れません。ええ貴方たちもそうは思いません?あの方は拙を必要と思うかしら?」
「何を...言っている?」
「御免なさい、1人ごとなの。拙は不安で、拙は寂しくて、拙は愛していて、拙はあの方の忠実な僕なのだから。」
「なーーーーーー貴様ァ!」
気づけば、3人いた乱破は2人になっていた。
「あぁ、あぁ、あの方に愛されたい、あの方に抱きしめて貰えるだけで拙は!拙はどうなっても構いませんぅぅぅぅ!!」
「貴様...気が触れておるのか!?」
「失礼な、愛に決まっているでしょう?」
瞬間、女の飛び蹴りが正確に乱破の1人の腹に突き刺さり、吹き飛んで行く。
ほんの数瞬で、この場は1対1となった。
「な、何者なのだ!?貴様ほどの手練れ、我々が知らぬ訳があるまい!まさか、風磨一党の者か!?それとも川並衆か?」
「やぁねぇ、あんな雑魚と一緒にするんじゃねぇよこの阿呆が!」
激昂した女から飛んで来たのは、鎖。
「なっ!なんだこれは、まずい意識がーーーー」
首を絞められ、ものの数分で甲賀、伊賀の忍びは駆逐されてしまった。
「終わりましたか、まぁこのような下賤の者共、あのお方の目に触れることも許しません。あの方の目に触れていい者、それは美しい物、者、モノしか無いのですから」
ハァ、そうため息をつきながら彼女は、あの人、つまり輝宗を思う。
彼女は、とある大名家が滅びた時に職を無くした女だ。
その際にある事が起きて輝宗に心酔することになるのだが、それはまた今度語ることにしよう。
彼女にとって大事な大事なことは1に輝宗、2に輝宗、3に輝宗4に輝宗だ。
そんな彼女が、たとえ輝宗にとって塵芥だとしても、危害を加えるような相手を放っておける筈も無かった。
「寺院の襲撃は私にもお役目がある為防げませんでしたが...もう片時も離れませんよ、輝宗様!!!!!」
彼女の目がハートマークに彩られる。
彼女の名は、藤吉郎。
木下藤吉郎、彼女の男としての名前である。
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