第九話。盞を片手に(肴はファンタジー)。

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 何やら酷く暗い表情で黙り込んだ一刀を、錦が案じた。 「もしや、一刀殿も職務が原因で御疲れで在られたか?」  そんな問い掛けへ、一刀が意識を戻す。 「ああ。普段は必ず定時で上がるんだが……今は父より、新しい仕事を一から仕上げろと渡されててな。それを形にするのに、躍起になってしまい……」  溜め息混じりに話す一刀へ、錦は何故か驚いた様な表情。 「父……一刀殿は、御父上とお仕事をなさるのですか……?」 「え?ああ、そうだが……此方の一刀の父は隠居だろうか?」  何の気無しにそう出た言葉だった。が、錦は声を戸惑う表情。寂しげな表情で。 「あ……其の、前帝は、既に御崩御されて居りまして……」  何と、此方の『父』は故人であると。やはり、複雑な思いが胸を締め付ける。 「そう、なのか……もしかして、母も……?」  無神経かも知れないが、他人事とは思えずどうしても気になってしまう。此方の問いには、一瞬表情を強張らせてしまった錦。一刀は、妙に緊張を味わうが。 「素晴らしい御母上で在られたと、御伺いして居ります……勿論、御父上も。革新的な政治の第一歩を踏み出した御方なのですよ」  寂しげながらも、僅かに笑みを浮かべそう話してくれた。母も故人である事を理解する一刀だが、錦の笑みと言葉に安心したと言うか。 「顔を見られないのは残念だが……二人共立派な方だったなら、何だか俺も誇らしい。不思議だな」  恐らく、此処での寿命は自分が居る世界より短命なのやもと。医術が元の世界より進んでいるとも考えにくく。それ以上は問わずに済ませた。妙だが此れ以上知りたくは無いと、何故かそんな気がして。  しんみりした空気を打ち消さんと、錦が笑顔で立ち上がった。 「あの!一先ず、御召し変えを致しましょう。朝餉の御用意も、依頼して参ります故」 「それは――」
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