第九話。盞を片手に(肴はファンタジー)。

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 戻って来たその日は、一日が過ぎただけだった様だ。幸い、本日会社は通常の休み。錦から『一刀』がいなかった昨日の話を聞かされた。何時も通りの時間に起きないので、心配して寝室へ向かった所、雰囲気も口調も全く違う一刀がいたと。それが、錦の夢に見た『一刀』を思い出させたらしく、思いきって訊ねてみると、本人も理解を示してくれたとの事で。しかし、当然ながら此方での一刀の仕事等全く分からないと言う帝一刀。錦が、天狼へ休みを貰える様に手配する流れになった事も。 「――で、お義父様とお義母様が心配してお見舞いに来てくれたんだよ」  一刀は、コーヒーを飲みかけ驚いた表情を見せた。両親がそんな事をするのは、想像できないもので。 「見舞いって、何でだ……」  錦は、その疑問へ神妙になる。 「一刀が体を壊すなんて珍しい事だから、病院へ行くべきならちゃんと行けと説得しないとって……お義父様、一刀の最近のスケジュール確認して驚いたみたい。ちゃんと見てなかった責任もあるって……」  一刀は、ばつが悪そうに溜め息を吐く。 「俺が勝手に躍起になっただけだ……父様に責任なんかない」  それは、本当にそう思う事だ。仕事の内容から、父の期待と信頼があるものと理解出来た。そして何より、一刀こそ自分の力を試してみたいと言う好奇心も強くあったから。  一刀の言葉へ、錦は表情を変えずに頷く。 「そうだね。僕も、仕事をしていた時に経験があったから……努力が思い通りに事を動かすと、心が凄く充実する瞬間の快感も分かるんだ。それを止められたくない気持ちも……だからこそかな、心配してても強く止める事もできなかった……」
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