101人が本棚に入れています
本棚に追加
東ノ宮財閥の令息であり、副社長を勤める青年一刀。彼はまだ若輩ながら、持って生まれた才覚を発揮し、社員へも漸く認められ出した。無機質で冷たい印象を与える瞳が特徴の美貌も手伝ってか、現在彼を心酔する者は男女問わず多い。しかし、一族の更なる繁栄の為とは言え、合理的で冷徹な判断を下すやり方に眉を潜める者もいないわけではないが。
その日も彼は、仕事に来ていた。東ノ宮と双璧成す、西ノ宮財閥のパーティーに出席する為だ。この度、西ノ宮の新事業拡大に関して大きな飛躍があり、其の成功と宣伝も兼ねたものらしい。東ノ宮家の者を招待するのだから、其の事業への牽制もあるだろう。何にしても、良い気のしないパーティー。しかし、欠席するわけにもいかず、父親は息子をあてがったという事だった。
高い天井、きらびやかに光るシャンデリア。其の華やかな場には、豪奢な料理が並び提供されていた。ワイングラスを片手に、畏まった装いの人々が笑顔で集う立食パーティーと言う形。招待客は皆、社会的に様々な影響力を持つ者が殆んどだ。互いに利益をもたらす者へ、積極的に接触を図る姿が彼方此方でうかがえる。
父の代理とは言え、やはり一刀の元へも様々な者が接触を試みに来る。中には、娘、息子を紹介されたりと煩わしいものも。粗方顔を確認出来た頃合いに、一刀は側へ控えている秘書の青年、東堂雪代へ耳打ちをした。
「――少し出て構わないだろう」
辺りを見渡し、少し迷う雪代だが一刀がこう言い出すと無理にも止められない。
「畏まりました。ですが、なるべく直ぐにお戻り下さい」
「ああ」
会場より離れ庭へと出た一刀は、池の側へとやって来た。多くの人の中よりは、空気が良い。一刀は、スーツの懐より煙草とライターを取り出す。口に加えた一本に灯る小さな火。落ち着き、肺へ吸い込んだ煙を溜め息と共に出してやる。ふと見上げた夜空には、美しい月が見えていた。
其の月明かりの下、もう一人佇む人影に気が付いた一刀。彼方も、一刀へ気が付き振り返る。が、其の容貌に僅かに開いた一刀の口。加えた煙草を落とす前に、手に取る事は出来た。其の人は、男性用のスーツを身に付けているものの、たおやかで可憐な面立ち。正に、男装の麗人と言ったところか。体の線も細く、女性にしては高い身長だろうか。何にせよ、一刀は其の美しさに声を忘れてしまったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!