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まだ寒さが続いていた二月のある日、錦は一人で実家を訪れていた。とある都市内の、少し喧騒より離れた場所にてその邸宅が在る。それはそれは、立派で大きな家屋敷。門の前にて、タクシーを降りた錦の到着を待っていた青年が、丁寧に頭を下げる姿。
「――おかえりなさいませ、錦様」
徐に上がった穏やかで優しい笑顔に、緊張していた錦の表情が和らぐ。
「纒……ただいま……!」
彼、西崎 纒(ニシザキ マトイ)は、西ノ宮家に仕える用人で、主に錦の世話をよくしてくれた人物の一人。東ノ宮へ入り、一刀と結婚してからも何かと相談する事も少なくなく良き理解者、兄の様な存在だ。
見慣れた家内だが、そう訪れる機会も減った現在、錦には何だか新鮮に感じた程。本日は内密な話との事で、纒の私室での相談を希望していた錦。広い屋敷内、足を進める中で見知った顔の様々な用人達が、錦の姿に笑顔で頭を下げる。
辿り着いた一室、錦は纒へ促されソファへ腰を下ろした。程無く、用意された紅茶が心地よく部屋へ薫る。錦へそれを差し出し、自身も又ソファの向かいへと腰を下ろした纒。錦は、取り敢えず改まって。
「纒、突然御免なさい」
「飛んでも御座いません。錦様の御依頼ならば、何時でも何でもお待ちしております……所で、此の度はどうされましたか?」
少し恥じらいがあるのか、視線を反らしながら口を開く錦。
「あの、さ……纒って、お菓子を作るの上手だろう?バレンタインに一刀へチョコレートを贈りたいんだけど……甘いものはあまり好きじゃないから、凄く悩んでしまって……」
纒は、今回の錦からの依頼に一瞬驚いて目を丸くさせた。錦がこんなイベント事の相談を、自分から持ち掛けるなんてと感慨深いものがあったもので。良い結婚生活を送っているのだろうと、恥じらい瞳を反らしている錦を見詰め、表情を和らげる纒。
「そうですね……では、オペラ等如何でしょうか」
ひとつ提案を。錦は、此れに答えを見いだせたのか、ほんのり頬を染めた明るい表情を纒へ向けた。
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