天使の誤算

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* いたいた。 本人は自然に振舞っているつもりだろうが、あの重い足取り… あいつは、確か、今、職を探してるらしいが、あの様子ではどうやらうまくいかなかったようだ。 「ハーイ!」 あいつが、人通りの少ない路地に入った所で、俺は片手を上げ、精一杯の愛想笑いを浮かべてあいつに声をかけた。 「あ、あの…私……」 あいつの顔はにわかに怯えたような表情に変わり、その視線は落ちつきをなくした。 「ねぇ、君、暇そうだから、このあたりを案内してよ。 俺…今日、この町に着いたばかりなんだ。」 「に、日本語が喋れるんですか?」 「もちろん!多分、君と同じ程度には喋れるよ。」 「そ、そうなんですか……」 あいつ…宮下さくらは、ほっとした様子ではにかんだ。 俺の姿は、人間から見ると西洋の人間に見えるようだ。 だから、日本人のさくらは言葉が通じないと思って慌てたんだろう。 「で…どこを案内してくれる?」 「あ、あの…私…あんまり詳しくないですし、それに……」 「もちろん、ガイド料は払うよ! さっきから何人も声をかけたんだけど、なかなか引きうけてくれる人がいなくて、俺、すっごく困ってるんだ…」 そう言いながら、俺は捨てられた子犬のような瞳でさくらをみつめる。 「……そ、そうなんですか。」 「ありがとう!じゃあ、これ渡しとくから自由に使って!」 「えっ!?だ、だけど……」 「頼むよ!」 俺は、実体化させた財布を手渡した。 中にはそれなりの金額が入っている。 当然のことながら、本来、こういうことは禁止されている。 だが、さくらはあと数日でこの世を去る。 俺が金を渡したことで、さくらの人生が変わるようなこともない。 ただ……俺の姿はさくらにしか見えていない。 独り言を言うような人間は、今の世の中そう珍しくもない。 とはいえ、今の財布のように突然物体が現れるのはまずい。 だから、こういう光景だけは、他の人間に見られないように注意しなくてはならない。 さくらは、戸惑いながらも財布を受け取り、それを大切そうに自分のバッグの中に収めた。
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