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いたいた。
本人は自然に振舞っているつもりだろうが、あの重い足取り…
あいつは、確か、今、職を探してるらしいが、あの様子ではどうやらうまくいかなかったようだ。
「ハーイ!」
あいつが、人通りの少ない路地に入った所で、俺は片手を上げ、精一杯の愛想笑いを浮かべてあいつに声をかけた。
「あ、あの…私……」
あいつの顔はにわかに怯えたような表情に変わり、その視線は落ちつきをなくした。
「ねぇ、君、暇そうだから、このあたりを案内してよ。
俺…今日、この町に着いたばかりなんだ。」
「に、日本語が喋れるんですか?」
「もちろん!多分、君と同じ程度には喋れるよ。」
「そ、そうなんですか……」
あいつ…宮下さくらは、ほっとした様子ではにかんだ。
俺の姿は、人間から見ると西洋の人間に見えるようだ。
だから、日本人のさくらは言葉が通じないと思って慌てたんだろう。
「で…どこを案内してくれる?」
「あ、あの…私…あんまり詳しくないですし、それに……」
「もちろん、ガイド料は払うよ!
さっきから何人も声をかけたんだけど、なかなか引きうけてくれる人がいなくて、俺、すっごく困ってるんだ…」
そう言いながら、俺は捨てられた子犬のような瞳でさくらをみつめる。
「……そ、そうなんですか。」
「ありがとう!じゃあ、これ渡しとくから自由に使って!」
「えっ!?だ、だけど……」
「頼むよ!」
俺は、実体化させた財布を手渡した。
中にはそれなりの金額が入っている。
当然のことながら、本来、こういうことは禁止されている。
だが、さくらはあと数日でこの世を去る。
俺が金を渡したことで、さくらの人生が変わるようなこともない。
ただ……俺の姿はさくらにしか見えていない。
独り言を言うような人間は、今の世の中そう珍しくもない。
とはいえ、今の財布のように突然物体が現れるのはまずい。
だから、こういう光景だけは、他の人間に見られないように注意しなくてはならない。
さくらは、戸惑いながらも財布を受け取り、それを大切そうに自分のバッグの中に収めた。
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