3 加藤敬介

1/1
43人が本棚に入れています
本棚に追加
/101ページ

3 加藤敬介

 寝室に入った千春を見送って、リビングに残った。ソファーに体を預けて、天井を眺める。脳裏には、千春の動揺した顔が浮かんだ。 「先生から聞いたよ」 「先生?」 「吉岡先生」  その名前に、彼女は目を見開いた。 「聞いたって、何を?」 「先生には最後まで言うなと言われていた。だけど、もう無理だ」 「だから、何を言われたの?」 「君の。君のお母さんのことを」 「お母さんって・・・お母さんが何をしたって言うのよ?」 「ここに書いてある通り、何もしていないさ。だけど、千春は一度でも父親のことを気にしたことがあるだろ?」  千春は黙って何も答えなかった。  僕は、そんな千春から目を逸らさずに話を続けた。 「先生は、そのことを気にかけてくれていたんだ。お母さんにとっては理不尽な理由だけど、こうして離れてしまったことを。僕だって、こんなことをするつもりはなかったんだ」  千春は口元を結び、じっと黙った。自分の内側で何かを自問自答しているかのように。  そう。こんな事は自分1人で出来る事じゃない。なんてったって、家族のことなんだから。    僕は、千春を見て、はっきりと伝えた。  ーーこれは、吉岡先生が始めたこと。先生の意志を引き継いでいると。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!