4 三上哲雄

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 家の中は、模様替えが一切されておらず、以前のままだった。匂いも変わっていない。変わったのは、2人の関係と容姿だけ。  由希子は、体型が変わっていなかった。以前のまま、細く引き締まっていた。彼女は元々太りづらい体質であり、そのように生んでくれた両親に感謝していた。しかし、後ろから見る髪には、所々に白いものが目に入る。  やはり、子供を失ったショックから、神経がそこに向いていないのかもしれない。  俺は分かりやすいほど腹が出て、髪も後退している。明らかに変わった容姿に、彼女はどう思っているのか気になってしまった。  しかし、そんな感情は直ぐに消えた。今更、自分から別れを告げた男に興味なんてある訳がない。  色褪せた茶色のソファーに促され、腰をかけた。彼女の親に挨拶に来た時も、確か同じ場所に座った記憶がある。あの時はまさか、自分達がこんな時間の送り方をするなんて、予想していなかった。明るい未来を描く時に、そんな人間なんているはずがないだろうが。  由希子は何も言わず、台所で湯を沸かし、コーヒーを入れてくれた。砂糖を入れずにミルクだけのものと、ブラックコーヒー。聞かなくてもわかると、言わんばかりの振舞いだった。  湯気が立つ2つのコーヒーを持って、ブラックコーヒーを俺の前にテーブルに置いた。 「どうぞ」 「ありがとう」  礼を告げて、一口啜った。どこにでもあるインスタントコーヒーなのに、懐かしい気持ちが蘇る。一緒に暮らしていた時の味だ。それが脳を刺激する。 「お母さんは出かけてるの?」  俺は、浮かんだ疑問をそのまま口にした。しかし、彼女はかぶりを振った。 「九年前に亡くなったわ。胃癌だった」 「そっか。それは残念だったね。手を合わせてもいいかな?」 「もちろん。母も久しぶりに会えて、喜んでくれると思うわ」  隣の部屋に案内され、母親の遺影に手を合わせた。隣には、由希子の父親の姿がある。  父親は、俺達が結婚をしていた時期に亡くなってしまった。飲みに行った帰りに、突然に脳梗塞に襲われ、道端にある用水路に落ちてしまったのだ。  掌を合わせて、お悔みを伝えた。  顔を上げて振り返ると、由希子が俺を見下ろしていた。 「しょうがないといえば、しょうがなかった気がする。87歳だったしね。母も病床では、病気に対して何も恨んでいなかったし」  由希子の言葉には、すでに振り切ったような想いが伝わる。すっかり気持ちの整理はできているようだった。本人が満足しているなら、よかったのかもしれない。誰でも死を迎える。問題は、それに納得できるかどうかだ。 「うちの父親も4年前に亡くなったよ。同じ胃癌だった」  俺は言った。 「そっか。お互いそんな歳になったのかもね」  由希子は先にリビングに戻り、ソファーに腰を下ろす。コーヒーを啜り、目を合わせてきた。 「それで、どうしたの?」  小さく息を吐き、気持ちを整えた。ここまで来て、何も言わない訳にはいかない。  向かい合うように座り、俺は想いをそのまま口にした。
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