1 吉岡由希子

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1 吉岡由希子

 手付かずの食材だけが、テーブルの上に並ぶ。スーパーから買ってきた姿そのまま。ソファーの上から、そんな光景を眺めた。  何もする気になれない。動く気力が湧かないまま。掛け時計の秒針が、一つずつ進んでいくのを、ただじっと眺めている。私がしていることは、さっきからそればかり。  原因は、自分でもはっきりと分かっている。分かっているからこそ、何も突き止める必要なんてない。  頭に映るのは、二十数年ぶりに再会した彼の姿ばかり。それ以外のものなんて、何もない。ほんの少し前の記憶を、ずっと見ていた。  彼に集中したい訳でもないのに、彼の記憶ばかりを見ている。他のことに神経が働かなかった。私の細胞そのものが、無意識にそうさせている。体と魂が結びついていることを、まじまじと感じている。私達は一体となっていた。  ソファーには、窪みが残っている。さっきまで、彼が座っていた場所。ずっとそこに、目を向けてしまう。  そこには、確かに彼がいた。少しふっくらとした姿だったけど、正真正銘そこにいたのは、前夫である三上哲雄だった。  私達がまだ付き合っていた頃。結婚していた頃に、彼は何度かこの家に来ている。夫婦だったからそんなことがあっても、何もおかしくはない。むしろ少ないことの方が問題だろう。  ずいぶんと昔のことだけど、過去にあった事実は何も変わりはない。私達は結婚をしていた。夫婦だったのだ。  でも、そんな関係が壊れた。私の気持ちが離れていったのだ。  私は、愛する人に出会った。私を優しく包んでくれるあの人に。  過去の私は、確かに彼に好意を抱いていた。本当に好きだったのは事実であり、そこには偽りも何もない。  だけど、私は『彼ら』から離れたいと思ってしまった。
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