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2 吉岡由希子
彼と知り合ったのは、結婚をした時期から二年程前まで遡る。
一緒に夕食を食べるために、友人に連れられた店で、彼が働いていたことがきっかけだった。
初めから彼の印象は、悪くなかった。なんとなくいいなと、思ってしまった。
とくべつ、格好いいわけでもない。彼を目で追っていた理由は、今でもよくわからない。運命なんて、ありきたりな言葉でまとまるなら、そうかもしれない。
しかし、自分から声をかける勇気はなかった。じっと、見ていることしかできなかった。
私達が近づいたきっかけは、この店に連れてきた、友人の花音だった。幸か不幸か、私は、花音に気持ちを悟られたのだ。
初めは誤魔化していたけど、それは、もはや手遅れ。むしろ、無駄な行為だったかもしれない。中学からの友人は、私のことを見通していた。
「だったら、連絡先は聞くべきでしょ?」
花音は酔っていたせいか、私に有無を言わせない語気の強さで、そう言った。
「えっ、何言ってんの? 無理だよ」
私も負けじと拒んだ。そんな勇気は、お酒が入っても生まれない。しかし花音は、そんなことでは引かなかった。
「無理って言ってるから無理なんでしょ。すみませーん。お兄さーん」
声を張り上げて、花音は彼を呼んだ。
振り向いた彼は、こちらに近づいてくる。私の鼓動はスピードを上げて跳ねていった。
しかし、彼はこちらに、特別不思議な印象を持ったわけでもなさそうだった。ビール六杯で酔った花音のような相手は、この店では見慣れている存在のようだった。
「お兄さーん、この子がお兄さんと遊びに行きたいって言ってるんで、連絡先教えてくれませーん?」
花音の悪ノリを、どのように遇らうのか見ていると、彼は愛想笑いを見せているだけだった。女に飢えているような品のない対応は、全く見受けられなかった。
それでもあれこれと言って、私を薦める花音は口を止めない。
そんな花音に、彼は痺れを切らした。
「すみません。店でそういうことは禁止されてるんで」
彼はそう返して、その場を離れようとした。しかし、そんなことでも、花音は動じなかった。
反射的な速さで、彼の腕を掴んだ。側から見ても、素早く力強さを感じるくらいに。
「だったら、連絡先渡すから、気が向いたら電話ちょーだい。由希子、早く書いて」
「書くって何に?」
「スケジュール帳くらい持ってるでしょ? それに連絡先書いて渡しなよ」
「でも・・」
「早くしなよ。お兄さん、仕事中だよ」
『自分が、邪魔してるくせに』そう言い返したかったが、もちろん口には出していない。
こうして私は、彼に無理矢理、連絡先を渡した。
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