6 三上哲雄

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 開店前の店に若林を招き入れ、手前のテーブル席に、向かい合うように座った。  敦子は厨房に入り、薬缶で湯を沸かしていた。おそらくコーヒーを淹れているのだろう。 「それで、どういうことですか? どういうご用件で?」  俺は、若林に話を促した。 「はい。実は、吉岡由希子さんのことで」  その名前を聞いて、鼓動が跳ねた。もしかしたら、それが顔に出ていたかもしれない。  すぐに敦子に視線を送る。敦子は背を向けたまま、こちらに目をやる気配はない。  そんな俺に構うことなく、若林は話を続けた。 「由希子さんとは、現在連絡のほうは?」 「取っていませんけど・・ちょっと待ってください。あなたはどうして由希子のことを? それに、彼女とどういう関係なんですか?」 「それは、追々わかります」 「しかし、俺達は、別れて結構な時間が経ちます。もう他人同然の関係です。あなたの期待に応えられるか、わかりません」  若林は、小さく頷く。そして、口を紡いだ。  俺は、嘘をついた。もちろん、敦子に知られたくないからだ。初対面の相手に、素直に答える義務はない。  ずっと、先に相手が口を開くまで待っていた。このまま話を逸らそうか。どうやって誤魔化すか。あれこれと思考を駆け巡らせた。だが、そんなことは手遅れだと思った。  敦子の視線は、もうこちらに向いていた。  敦子がコーヒーを淹れて、テーブルの上に置いた。そのまま厨房に戻り、店の支度を始めた。おそらく、こちらに気を使ってくれたのかもしれない。ただ、神経を耳に傾玄関ているだろうが。 「正直、申し上げて」  若林は沈黙を裂いた。 「話はとても複雑です。ですから、順を追って、お話しさせていただけないでしょうか?」  そう言って、若林は話を始めた。
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