7 三上哲雄

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7 三上哲雄

 若林の視線は、俺から逸れることはなかった。真っ直ぐと、こちらを捉えて、離そうとしなかった。  彼の口調は、とてもしっかりとしていた。一語一句、はっきりと聞き取れる。そんな声だった。 『私には、二十七歳の時。もう、かれこれ三十年以上前から一緒になった、妻がいました。  妻とは、互いを尊重し合った良好な関係でした。喧嘩もほとんどなく、ずっと一緒に、暮らしていました。  それは、本当に運の良かった出会いだったと、思っています。  私達は、見合いで知り合いました。  突然、赤の他人と、結婚を前提に交際するわけですから、戸惑いは少なからずありました。でも、そんなことは、あっという間に消えていました。        私達は、始めから話が合いました。会話をしていて、心地良かった。馬が合ったというやつです。  そんな妻と、何でもない話を、笑ってしている時間が、本当に楽しかった。家で彼女といることに、安らぎを感じていました。  しかし、そんな私達に、笑顔が止んだ時期がありました。  それは、子宝に恵まれなかったことです。  理由は、はっきりとわかりません。今では不妊治療という選択肢もありますが、当時は今ほど世間に知れ渡っておらず、インターネットもなかった時代ですから、情報を取り入れることができなかった。  どう決断していたかは、その時でないとわかりませんが、少なくとも、もっと早く知ることができれば、私は妻と話し合っていたと思います。本当に、後悔していることです。  妻とは、特別な決断をしたわけではありませんが、いつしか、子供の話を交わすことは無くなりました。  自然と、笑顔も戻っていました。それからずっと時間だけが過ぎていった。  そんな妻と、つい数年前まで、一緒に暮らしていたんです。
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