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8 三上哲雄
店は相変わらずの忙しさだった。俺は、絶えず料理を作り、敦子は、絶えず料理を運んでは、客から注文を取っていた。
そんな時間が過ぎ去ったのは、昼の営業を終えた14時を過ぎてからだ。
瞬く間だった。無意識に、溜息が出る。
夕方の営業を迎えるまで一息着いていると、敦子は小さく溜息を吐いて、
苦言を呈してきた。
「何人かのお客さんからクレーム入れられた。この間、急に店を閉めてたことと、今日の営業時間がいつもより二十分遅かったことにも」
若林が帰ったのは、営業時間が始まる十一時半の三分前。そこから準備を急いで、店を開けた。
案の定、間に合わなかった。正直彼の話に、余韻に浸る暇すらなかった。
「悪かったな」
「本当に。この間は、どこで油売ってたの?」
敦子はボヤくように言った。
「ちょっと体調が悪くて」
「分かりやすい嘘」
「信じないなら信じなくていいよ」
「なにそれ? 迷惑かけといて、よくそんな言い方ができるわね」
「だって信じないんだろ?」
目こそ合わさなかったが、敦子が鋭くこちらを向いているのは、承知していた。
俺は、その目を見ることができなかった。目を合わせると、全てを見透かされてしまいそうだった。
敦子が言いたいことはわかっている。何が言いたいのかわかっている。
「あんたさ」
敦子は声色を変えた。
「あの女に、会いに行ってたんでしょ?」
「そんなわけないだろ」
「最近ずっと、あの女のことを気にしてたよね? だったら、そう考えるのが賢明じゃない?」
「考えすぎだって」
俺は立ち上がり、店の外に向かった。
「待ちなさいよ」
「コンビニ行ってくる」
「話は終わってない」
俺は、強く扉を閉めた。
扉越しに、敦子の声が聞こえてくる。
その声に、背を向けた。振り向いてはいけないと、強く意識を持った。
姉の敦子は、俺の言葉に納得がいっていなかった。当然だろう。それは間違っていないと思う。
しかし、俺も、はい。そうですとは、言いたくはなかった。この件に、顔を突っ込んでほしくなかった。
これは俺の事情であり、由希子の事情だから。
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