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敦子を家まで送ると、車内は一気に静けさを包んだ。
そう簡単に気持ちを切り替えれるほど自分は器用な人間じゃない。そんな事は誰よりも自分が一番よくわかっているつもりだった。
敦子も何かを悟っているかもしれない。
「本当、いつまで拗ねているつもりなの?」
帰りの車内。また敦子が、話を蒸し返してきた。
「何が?」
「何がって、分かってるくせに。いい加減に忘れたらどうなの?」
「だから、何もないって」
「本当には思えないけど」
「そっちもその話をするの止めてほしいね。気分が悪くなる」
「なんで私のせいにするかな?」
「そっちが蒸し返すからだろ?」
「あんたさ、気持ちが変わったんじゃないの?」
「え?」
「しばらくこの街を離れていた時、気持ちが変わったって、言ってたことは嘘だったの?」
敦子は続けた。
「あのさ、そんな女なんかさっさと忘れてさ、前向いて生活したらどうなの? そんな後ろめたいことばっかり気にしてたら何も進まないんじゃないの?」
確かに姉の言う事は、筋が通っている。しかし、そうはいなかい事情だってある。
「まあ、確かにな」
俺は、遇らうように言った。それでも、敦子は何も変わらない。
「元に戻ったと思ってたら、日に日に暗くなって。こっちまで気持ちが萎える。明日はそんな湿っぽい顔しないで、しゃきっとして店に来てよね。わかった?」
「もう、わかってるって。本当、そういう所は父さんにそっくりだな」
「身内らしいツッコミ。その調子」
敦子は、言いたい事だけを言って、帰った。
車内で昨日の事を話そうかと思っていたが、やめておいた。
やはり敦子にも言うべきではない。敦子の振る舞いで改めてそう思ったからだ。
この件を敦子が知れば、何をしでかすか分からない。昔から繊細ながらに、気が強くて、短気なのはよく理解しているつもりだ。
あんな事を言ってくれているが、敦子は自分の事を心配してくれている。昔からそうだった。実の姉だ。向こうが自分を見て何かを悟るように、こっちだって姉を見て内側を悟る事ができる。それはお互い様だ。
そもそも、どうしてこんない気持ちが掻き乱されなければいけないんだ。あれこれと内生が行き交う自分に、次第に苛立ちを抑えれなくなっていた。
もし自分があんな物を目にしなかったら、由希子や子供の事を考えはしないだろう。なんていったって、由希子の事から少し距離を置く事ができていたのだから。
自分は何かにもて遊ばれている。整理されていた気持ちを何かが掘り起こし、また掻き乱している。しかし、何を恨めばいいのか分からない現状はさらに苛立ちを増していった。
これを誰かに分散したら、直ぐにでも気持ちが和らぐのだろうか? しかし、そんな事は無駄だと思った。同じ境遇の人間にしかそんな事は理解し合えない。同じ痛みを味わった人間にしかこの痛みは感じる事ができるはずがない。
だけど、このままじっとしていたら、何も変わる事はないだろう。
だったらーー。
その時、胸の中で一筋の想いが生まれた。
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