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3月16日(月) ポットと視線
昨日爽乃から連絡があった後、影山から『今から母親が作った花瓶を持って行ってもいい?』と連絡があった。
俺の母さんは大正ロマンをテーマにしたカフェというか喫茶店で働いている。最初は普通のバイトだったが、仕事が向いていたらしくバイトリーダーに昇格し、今では副店長にまで上り詰めた。料理のメニューは店長が考案し、店の内装は母さんに任されていた。
よくその店に来るという影山のお母さんは俺の母さんに頼まれて店から受けたインスピレーションを元に花瓶を作ってくれたらしい。
昨日母さんはばあちゃんのところに行っていて帰りが遅かったし、爽乃がチケットを持ってきてくれることになっていたから『明日俺が取りに行くよ。』と言ったのだが、『母が早く見せたいって。芸術家はわがままだよね。』と言われ持ってきてくれることになった。影山と爽乃が鉢合わせしてしまうかもしれないという予想はあったけれどそれはそれで特に困ることはないと思っていた。
でも爽乃は渡すものを渡すと逃げるように帰ってしまった。3つの小さなチョコレートだって俺と弟と自分の分だったのではないか。彼女は影山が来ることは知らなかったのだから。
もし兄貴が言うように彼女も俺のことを想ってくれているなら、俺はまた彼女を傷つけてしまったのかもしれない・・・そうならば自分を殴りたい。
───爽乃とちゃんと話したい。
携帯の電源を入れる。時刻は15時21分。ホーム画面に爽乃の連絡先へのショートカットを作ってあってすぐに連絡できるようになっていた。
『会いたい。』
何も考えずにそう送った。全身がその気持ちでいっぱいになって、指先がポットの注ぎ口のようになり想いが溢れ出たような感覚だった。
『どこにする?』
すぐに返信が来て心が躍った。会えるならどこでもよかった。
ひなまつりの日に二人で和菓子を食べた公園を指定した。あの時は二人とも制服だったし、あの時とは俺の気持ちも随分と変わった。彼女もそうであったら嬉しい。
「いつも待たせちゃってごめんね。」
あの日と同じベンチに座っていると彼女がやって来た。空色のトレーナーにネイビーのGジャンを羽織り、軽い素材の白いロングスカート、足元はスニーカーだった。
「いや。俺こそ急にごめん。」
彼女が隣にゆっくりと腰かける。
「チケットありがとな。弟喜んでた。今度友達とその親と行くって。」
「よかった。使ってもらえて。」
「昨日はごめん。せっかく来てくれたのに。爽乃と約束した後、同級生が来ることになって。用事はうちの親にだったんだけど。」
俺はいきさつを説明した。
「・・・すごく綺麗な子だったね。」
爽乃は自分のつま先を見つめながら言った。
「中学でも人気者だったけど、皆告白しても断られてたみたいだった。海外留学目指してるとか言ってた気がするし、付き合うとかそういうこと興味ないのかもな。今は知らないけど。この間スーツ買いに行った時、偶然再会したんだ。大学と学部、一緒みたいで。」
「そう、なんだ・・・。」
彼女が言葉に詰まったので、ハッとする。もし彼女が俺に好意を持ってくれてたら、綺麗な子と同じ学校とか聞いたら嫌だよな・・・俺だって逆の立場だったら嫌だろう。
「でも、俺は影山のこと同級生としか見てないけど。」
誤解されたくなくて慌ててそう言ったが、なんだかすごく上から目線になってしまった。心の中の自分が『お前、何様のつもりだ!』とハリセンで頭をパーンと叩いてきた。うん、もっとやってくれ。俺ごときがごめん影山。
「・・・。」
彼女が無言になる。何を考えているのかはわからないが、影山の話はもう終わりにしたかった。俺は意を決して本題に入ることにした。
「・・・あのさ・・・この間の水族館のことだけど。」
「・・・うん。」
二人の間の空気に緊張が走った気がした。
「『深い意味ない。』って言ったけど、あれは・・・。」
彼女がこちらを向いて目が合う。
「カヤー!」
その時突然名前を呼ばれて声がした方を見ると中学の同級生の鹿江と西がこちらにやって来るのが見えた。隣の爽乃が俺の目線の先にいる男達を認識してから体を強張らせたのがわかった。
「久しぶりじゃん!同窓会欠席しやがってよ。相変わらず付き合い悪りーな。お前、あそこの大学受かったんだろ?このガリ勉が!おごれ!」
お調子者の鹿江が俺の肩に手を置く。中学の頃から変わらない清々しい坊主頭だ。
「大学と関係ないだろ。宝くじ当たったわけじゃないんだから。」
「で?その子は彼女?」
鹿江が『それを聞く為に声かけました』と言わんばかりに目をぎらつかせて爽乃を見る。そんな目で彼女を見るなバカ。
「違うよ。」
隣の爽乃が気になる。違う・・・今はまだ。
「そっかー。じゃ、影山にもチャンスあるんじゃん!あいつ、カヤがあの大学受けるって知って受けたって噂だし!」
「な、何言ってんだよ!そんな訳ないだろ!」
鹿江がはしゃいで言うので、俺が思わず立ち上がって否定すると、西が冷静な口調で言う。
「本人はあの大学の教授の本読んでその人の元で研究したいからって言ってたけど、カヤがいるからって噂もあるよな。まあどっちにしろ、あいつならどこでも行きたいとこ入れるだろうしな。」
こいつは相変わらずイケメンである。むしろ前より洗練されているのではないだろうか。ん?それより西は一時期影山と付き合っていなかったか?
思わず回想してしまっていたが、ふと気づいてベンチの爽乃を振り返ると男達の会話に顔色がいつもよりさらに悪くなっているように見えた・・・自意識過剰だろうか。でも本当にそうならまずい。
「爽乃・・・。」
「私、帰るね。妹迎えに行く前に夕飯の支度しなきゃ。」
そう言って彼女は立ち上がった。
「えー、夕飯とか作るの?マジすげえ。いい嫁になるんじゃね?」
騒ぐ鹿江をスルーして爽乃は『じゃ。』と公園の出口に向かって歩いて行った。
彼女を追いかけようとすると鹿江に羽交い締めにされる・・・そう言えばこいつ、柔道部だった。
「カヤ聞けよ!同窓会でめちゃくちゃ面白いことあったんだぜ!なんと!あいつとあいつがあんなことに!写真もあるから見ろよ!」
鹿江の手から逃れようともがきながら彼女の後ろ姿を見送る。俺と彼女の関係はまだまだ心許ない。でも、一方通行ではない・・・そう思いたかった。
この時の俺は、彼女の後ろ姿に熱を帯びた視線を送っていたのは自分だけではないことに全く気づいていなかった。
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