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3月21日(土) お皿と美容院
蒼大の家のお皿を割ってしまったので、今日は雑貨屋さんに買いに来た。吉祥寺にある『ハコイリギフト』というお店。杏ちゃんのお父さんとお母さんが働いている会社の店舗だ。前に杏ちゃんに連れて来てもらった時、千円以下でも素敵な雑貨がたくさんあったのでまた来たいと思っていた。
割ってしまったお皿と似たようなお皿と、シンプルだけど形が面白いお皿と悩んだけれど、最初の方のお皿にしてプレゼント包装してもらった。
せっかくおしゃれな街に来たのだから髪の毛も切って行こうと思って、学生割引がある美容院を予約していた。ただでさえ美容院は緊張するから苦手だけれど、さらに雑誌に載っているようなナチュラル系のカフェみたいな空間にすっかり気後れしてしまう。
「本日はカットとトリートメントでよろしかったでしょうか。」
「は、はい・・・。」
美人で髪型も服装もおしゃれな美容師さんに話しかけられ、ドギマギMAXだ。
「染めたばかりですか?」
私の髪を触りながら言う。
「いえ、これは地毛なんで・・・。」
「えー、とても綺麗なお色ですね。うらやましいです。色白のお肌にお似合いですし。」
「いや、は、あの、どうも・・・。」
「カットはどのようにされますか?」
「高校卒業して大学生になるので・・・肩につかないくらいの長さにして、あと少し軽くしたいんですけど・・・。」
「今は少し重みがあって大人しい感じですね。春っぽい軽やかさを出しましょうか。例えばこんな感じで・・・髪色にも似合うと思いますよ。」
そう言ってヘアカタログを見せてくれる。
「・・・あ、はい。そんな感じでお願いします。」
「楽しいキャンパスライフになるように素敵にしますね!」
キャンパスライフ・・・実感はないけれどもうすぐそこまで迫っている。そうか、私大学生になるんだよね・・・その為にあんなに頑張ったんだよね・・・でも今私の頭の中にあるのは・・・。
蒼大はどんな髪型が好きなんだろう・・・とてもじゃないが聞けないけれど。美容院が苦手なのに勇気を出してここに来たのは、心の奥で彼に可愛いって思ってもらいたいって思ってるからなのかな・・・。
美容院が終わり、公園で休憩することにした。予報では天気が良さそうだったから元々その予定で水筒とお弁当を持ってきていたので、デザートがほしいなと思いケーキ屋さんでエクレアを買った。
連休の中日で公園は多くの人で賑わっていた。トリートメントした髪がサラサラと風になびいて美容院の洗い流さないトリートメントの上品な香りがする。
池に向かっているベンチに座ると、近くをカップルがじゃれ合いながら通り過ぎた。昨日のことを思い出して顔が下から上にカアァと赤くなってしまいそうになる。小さい頃にお風呂で遊んだ、お湯につけると色が変わるぬいぐるみみたいだ。
蒼大の唇が2回も私の頬に触れた。しかも2回目は唇すれすれの場所だ。何とも言えない温かくて柔らかくてくすぐったい感触は、一瞬の接触だったのにも関わらず確かに記憶に残っている。
薄く化粧をしていたからメイクコスメが彼の唇についてしまったのではないか。2回目なんて涙に唇が触れた。汚いのに・・・マスカラだって溶け出してるかもしれない。
───どうして、あんなことしたの?
私も彼もそのことについて一言も触れなかった。私は初めての経験でどう反応したらいいのかわからなかったのだ。私が経験がないだけでもしかして世の中ではそんなに大したことではないのだろうか。海外では挨拶だし・・・。そして蒼大は経験があるのだろうか。
2回目の後、何事もなかったように、短めのコメディアニメ映画を観た。すごく面白いのに私も彼もくすっと笑うくらいだった。
今日蒼大は結婚するお兄さんの引っ越しを手伝っているそうだ。お兄さんと奥さんは会社の同期らしい。杏ちゃんのお父さんとお母さんは会社の上司と部下って聞いたし、うちのお父さんとお母さんは高校の同級生。皆、会社とか学校とかで長い間一緒にいてお互いをよく知ってから恋人になって結婚したんだな。やっぱり恋愛っていうのはそういうもので、出会ってすぐ好きになるとかってあんまりないのかな。一目惚れっていうのだってドラマや漫画の中での出来事という感じで、現実にあるんだろうか。
引っ越しの手伝いの後、一緒に食事をしてから帰ると言っていた。今日は疲れているだろうから明日の午後にでも連絡してお皿を届けよう。
でも、どんな顔をして会えばいいんだろう・・・意識してしまっているのは私だけなんだろうな・・・中学・高校でもっと恋愛をしておけば良かったんだろうか・・・そうしたら今の自分の気持ちが恋愛感情なのかわかるのに・・・。
それに私、今まで何度か蒼大に触れられて嫌ではなかったけれど、嬉しかったとも言えない。ただひたすらドキドキしただけだ。触れてほしいとか触れたいとかそういう気持ちもわからない。だから恋をしているわけではないのかもしれない。
でも、この気持ちが何であれ、私が蒼大と一緒にいたいことは確かだ。出来ることなら大学に入ってもずっと・・・新しい髪型になった自分が大学の教科書が入った透明ケースを持って彼と並んで歩いているところを想像してしまって、誰かに見られているわけでもないのにむしょうに恥ずかしくなる。髪を切って軽やかになった頭をぶんぶん振って、おにぎりにかじりついた。
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