看護師さんとトイレにいかなくてもいい話

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看護師さんとトイレにいかなくてもいい話

私が子供の頃は「看護婦さん」で、みんな女性だった。精神科に入院したときも男性の看護師さんがいたが、主に力仕事要員だった。 この病院に入院してはじめて、ちゃんとした男性の看護師さんを見た。男性と言うと、「世話をしてもらうのが当たり前」と思っている自分の家族しか長く知らなかった私には、かいがいしく働く男性の看護師さんがものすごく新鮮だった。 それに、私が入院している病院では、看護師さんの年齢層が若く、若い人がくるくるきびきび動いているのを見るのは、とても活気があって、眺めているだけでこちらにも活気が伝染するようで気持ちよかった。 何か頼んだとき、面倒くさい、という顔もされず痒いところも手を届けるようにケアしてもらえるのも、本当に嬉しかった。 これがプロのケアかあ。 とても心が休まった。 基本的に、女性の患者のケアをしてくれるのは女性の看護師さんだった。 男家族に囲まれて何年も過ごしてきた私には、一言、三言話せば解ってもらえることも、物凄く嬉しいことだった。 私は何個ものパックの点滴につながれ、心電図のモニターにつながれ、時間ごとに血圧を測る機械につながれ、ベッドの上で全く身動きがとれなかった。 血圧を測る機械は、決まった時間ごとにぎゅううと腕を締め付けるので、痛かったし、腕のバンドが覆っている辺りが内出血を起こしていて驚いたのだが、理由を聞くと、今私の血管は血液がどろどろでとても固い状態にあり、強く締め付けないとデータが取れなくなっているからだそうだ。 「痛いですけど、間張りましょう」 看護師さんが私の腕を優しく擦ってそうはげましてくれた 暫く耳性の目眩があって、危険なので風呂に入っていないとぼやくと、 「先生に話して経過が良ければシャワーを使えるようにお願いしますね」 自分が汗くさいのを自分で解っていたので、ほっとした。シャワーを浴びるときは付き添ってもらえるそうだ。 どさくさに紛れて目眩は成りを潜めていたが左腕と左足が頼りないので一人で入浴するのが怖かった。 三日後にシャワーを浴びた。人に付き添われての入浴は落ち着かなかったが、看護師さんはここでも的確に手を貸してくれて、生き返った心地がした。 病室にはいってすぐ、看護師さんから紙オムツをつけましょう、といわれたけれど、私が家から紙オムツをはいてきたと答えると、そのまま。 それがけっこうインパクトのある意味があることに気かついたのは、尿意を覚えた頃だ。 「トイレにいきたいんです」 私が言うと、看護師さんは天使のような笑顔で、 「そのまましてもいいんですよ、動いてはいけないんです。トイレまで動かなくていいんですよ」 と言った。 一瞬、脳裏でユーミンが歌うのを聞いて、そのままの景色が見えた。 ブリザード、ブリザード♪ 私がすごく驚いた顔をして聞き直すと、看護師さんは天使のような笑顔を崩さず 「暫く動けませんからね、そのまましていいんですよ。気持ち悪かったら私たちが処置しますからね」 再びブリザード、ブリザード♪ そうだよな、体にこれだけ色々くっつけてたら、動けないよな。 私は覚悟を決めた。物凄いタブーを侵してる気分だった。なかなか、出てこなかった。 暫くして判ったのが、動けないのは体に点滴やモニターをつけているからじゃなかった。 本当に体が動かなかったのだ。ベッドの上でじっとしてるから解らなかったけれど、いざ動いてみて解った。 看護師さんは経験上それがわかってたのだ。 動いてもいいと許可が出たあとも暫く私は数メートル先のトイレまで、車イスでつれていってもらった。 幸い、固形物が排泄したくなるまでには、トイレまで歩いてもいいことになったが。入院してから三日か四日かかった。 他にとても困ったことがあった。数年前から私は更年期から来るのか、暑くて暑くて冬でもとても汗をかいた。ホットフラッシュってやつだ。 病院でも、暑くてたまらず、部屋の空調を一番冷やしてもらったのだ。 看護師さんたちはみんな、滝のように汗をかく私を見ると、きびきび優しく笑ってそうしてくれた。 まだ10月、関東は夏だった。
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