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食べ物
入院が決まって朝から何も食べず、夕方を迎えて落ち着いた私は、お腹が減っていた。
看護師さんに、お腹が減った旨訴えた。
看護師さんは、ここ暫く飲酒が過ぎてないかだけ聞いてきた。
私は下戸で飲めないと話した。血圧が高いナーとか血糖値が高いなあとか、そんなことを呟きながら、ご飯のことは立ち消えみたいになった。
でもきっと、患者を腹ペコのまま放っておかないだろうと思っていたら、看護師さんがニコニコ夕食のトレイを持ってきてくれた。
何故看護師さんがニコニコ優しい顔で持ってきてくれたか解った。
お皿やお椀や、食器は違えど、全部ミキサーにかけられたどろどろの人間用チャオチュールみたいなモノだったのだ。お茶までどろどろだった。
こういうの、精神科に入院してるとき見たことがある。とても高齢の人のために用意されるご飯だ…。私が?これ食べるの??
目を点にしてトレイを眺めて居ると、看護師さんが少しずつゆっくり飲み込んでくださいね、と優しい笑顔で励ますように言って、私の側で食べるのを見守っている様子だ。
試しに美味しいかと思って口にした。飲み込むとき変なところに入ってむせたし、体が言うことを聞かなくて口からこぼれてくる。左側の舌にも麻痺があって、顔半分の筋肉に力が入らないためらしい。
味は好んで食べたい感じではない。
糖尿病用に味付けを計算されてとても薄味にしてあるのだそう。
「ゆっくり食べてくださいね」
じっと優しく私を見守りながら、看護師さんが声をかけてくる。それから茶目っ気のある顔で「もとはなんなのか想像しながら食べると面白いですヨ」と言った。
食べるもの皆どろどろだった頃、本当に彼女の言う通りだった。考え考えゆっくり食べないと食べた気かしないのだ。
閉口したのが水分を冷たくても溶ける片栗粉のようなものでどろどろにされることだ。誤飲を防ぐためだそうだ。自分で唾を飲んでもむせるので、飲み込む力が相当弱っていて、どろどろはいいのだが、お茶やブラックコーヒー(糖分は厳禁だった)でこれをされると、上の息子が試しに飲んでみたが顔をしかめるくらいひどい味がした。
三週間くらいこんな食事が続いた。
その都度、物凄く空腹を感じて完食した。
何故か食べられた。ぼたぼたこほしながら。看護師さんがビニルのよだれかけのような、エプロンをもってきてくれた。底がポケットになっていて便利だった。
点滴の針を何本も刺されているからじゃなく、手足がうまく動かなくて、食べるのに難儀したけれど、一人で食べられた。
入院して二日目の朝食の時、看護師さんが私が介護無しで食べられると判断したみたいだった。普通の食事に戻るまで、チャオチュール、細切れ食、数センチ大の食事を経て、大体一月ぐらい、それよりもっとかかった。
段階が進む度に、嚥下専門の療法士さんが様子を見に来て見守ってくれた。その療法士さんがOKすればつぎの段階に行けるようだった。
無理して固形物を食べようとすると飲み込めない、どころか、つまって息ができなくなるので、周りの言うことをよく聞いてその通りにした。
食べ物が固形物になるにつれて、舌の麻痺も軽くなり話す言葉も明瞭になっていった。
療法士さんが、全部繋がってるんですよ、と説明してくれた。
パンが食卓に出たとき、こんなに食べにくい食べものがあるのか?!と驚いた。
水を吸って膨らんで、口一杯になってうまく飲み込めなかった。その事を療法士さんに話すと、パンは、普通の食事が食べられるまで出てこなかった。
血糖値が高いので、甘い味のものと、塩っ気があるものは食べられなかった。カロリーも計算されていたようだ。
私は一ヶ月かけて痩せていった。
体が日本人離れして大きいうえに、とても食べる私の家族と、同じものを食べないとこうも違うのか!と納得がいった。
これまで、何をしても痩せなかったからだ。どんどん痩せたけれど、退院した今でも主治医に痩せろと言われるから元はどんなか想像にお任せします。
今でも食べ物は家族と同じものを食べないで甘くないシリアルと牛乳だ。一人で食べていたときみたいに、よく噛んでゆっくりたべる。
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