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療法士さん
まだ、入院して一日目か二日目だったと思う。確かシャワーも浴びてなくて、ヨレヨレの私が、入浴したいとぼやいてる頃だった。
ベッドでぼんやりしてたら、若いお兄さんがトコトコ近づいてきて、穏やかな丁寧な口調で自分は理学療法士です、これからリハビリ一緒にやります、と自己紹介した。
「では、リハビリ室まで車椅子でいきましょう」
理学療法士さんというのを初めて見た。そういう人は、アスリートや怪我の多いスポーツをしている人に付くものだとフワッと思っていた私は、なんだかVIPになったような気分になった。
療法士さんは、さっさっと車椅子の準備をして、点滴のぶら下がっているポールごと、私をリハビリ室までつれていってくれた。
「良く眠れましたか?車椅子に自分で座れますか?」
私は急に病院が着せてくれた胸のガバッと開いたパジャマ姿や、紙おむつをはいていることが恥ずかしくなったが、まあいいか、と思って開き直った。割りとかなり年配の人が患者さんに多いみたいだけど、おばさんがこんな格好でも見慣れてるだろって。
リハビリ室について驚いた。
沢山の人がリハビリをうけていて、療法士さん達の年齢が他の患者さんの孫くらい若かったのだ。
男性の患者さんには女性の、女性の患者さんには男性の療法士さんが付き添っていた。
リハビリは、動かしにくい身体を動かせるようにするためにする。結構きついし、落ち込む。うん、この組み合わせはモチベーションになるよね、成る程と思った。
モチベーションの問題ではなく、若さと言うのはそばに在るだけで元気が出るものだ、とわかったのは、退院間際の療法士さんと気心が知れた頃だ。
最初は、若い男性がそばにいて、身体に手を添えられたり話しかけられるだけで、気恥ずかしかったし、ドキドキした。
良く考えたら、私は家族以外の男性ともう何年もこんなに親しくしたことがなかった、とは言え、こんなおばさんになっても、まだ自分に「乙女」なところが残ってたんかい!と、自分に面食らった。
脳梗塞をして、左足、左腕、舌に麻痺の在る私には、歩く動作、日常的な細かい動作、言葉のリハビリをしてくれる三人の療法士さんがついた。
日常的な動作を見てくれる療法士さんだけ若い女性で、あとはみんな男性。
正直みんな女性がいいなあと思ったけれど、倒れたり転んだり何かあって太っちょの私をフォローできるのは確かに力の強い男性だろうなあと、思った。
毎日決まった時間に、リハビリ室に迎えに来てくれて、リハビリ室で血圧をはかり、その日の私の状態に合わせてどんなことをやるか決めるみたいだった。
男性陣はとても私に気を遣ってくれて、よろけてふらつく私を失礼にならない程度に手を添えて支えてくれた。無茶苦茶感動して、「惚れてまうやろー!」と思ったことが何度もある。結婚して以来、こんなに丁寧に礼儀正しく男性に扱われたことがなかった。
かといって、全然腫れ物をさわるようでもなく、どんどん遠慮躊躇なく、必要な箇所に触れてくる。
初めてリハビリ室に行ったとき、療法士さんのお兄さんが暫く風呂に入ってない私の汗でジトッとした背中を軽く触って、ひょいと脇の下をグイグイ押したときはビックリした。
その辺りの筋肉がガチガチなんだそうで、押されるとめっちゃ痛くて、思わず座っていた長椅子の座面を、「ギブギブ!」とたたいた。
躊躇せず他人の体に触るというのは、とても勇気のいることだし、心が強くて、色んなことを自分にも許せてないとできないことだと思う。
それからも療法士さんはどうやったら、足を引きずらないで歩けるかや、細かい作業を、麻痺した手足でも出来るかを、理学の観点から真剣に考えてくれて、こうしてみてください、と出来なくてもイライラした様子をみせずはげましてくれて、寄り添ってくれた。
聞けばみんな私の息子と同年代だという。仕事として療法士を選んだとはいえ、すごいなあ、こんな人の心に寄り添った言動ができる若い人って、これから希少になるだろうな、と思った。年を食っても出来ない人の方が多い。気むずかしくなっているリハビリが必要なほど重症な患者を励ますのは大変だと思う。
嬉しかったのが、私が何かあったときすぐ処置しやすいよう胸のガバッと開いたパジャマを着ていて、「知らない人と沢山会うのに嫌だなあ…」といったら、優しく笑ってこれでいいなら、とキズテープを襟元に貼ってくれたことだ。優しいなあと、涙がでそうになった。
歩くリハビリのときは、腹筋を使ってどうやって歩くかや腰の動かし方を、「思い出す」リハビリをした。
日常的な動作をリハビリするときは、最初指先や考えて動作を組み立てるリハビリをしてから衣類をたたむ練習やひもを結ぶ練習、料理の実習をした。
言葉のリハビリでは、療法士さんの目の前で舌を伸ばして色々動かす練習をやった。
割りと脳梗塞で入院しても一日は忙しくて、寝たきりでのんびりというわけにはいかないようだった。
どれも最初は思うように身体が動かなくて、一回30分位のリハビリなんだけれどドンヨリ疲れて落ち込んだ。
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