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「では、福山さん。当社を志望した理由を教えてください」 「はい。大学で学んだ専門領域の知識を、存分に活かせるのではないかと思いまして」 「専門知識ですか」 「ええ」 「ご所属は理学部の数学科、ですよね?」 「はい」 「具体的には、どのように活かせるイメージをお持ちなのですか?」 「私が専門として学んでいるのはシンプレクティック幾何学ですが、これは古典物理学の数学的抽象である解析力学を起源としています。実世界の物理法則を数学という抽象世界で一般化し、深く解析した経験は、御社におけるさまざまな企業課題を解決する際に大いに活用できるかと」 「……食品メーカーで、ですか」 「はい」 「ちなみに、現在の当社の課題はなんだと思いますか?」 「主力製品である魚肉ソーセージが、下手なアレンジを繰り返しているせいで年々まずくなり、市場での競争力を失っていることです。この原因を推測するに、企画担当者のセンスがない、製造技術の質が悪い、社員の人材レベルが低い、経営陣の危機意識が低い、などが考えられると思います。営業利益も近年下がっており、客観的に見ても御社の状況は厳しいものがあるかと思います」 「……ご指摘ありがとうございます。それでその課題は、あなたのその、えーと、専門知識で解決できるのでしょうか?」 「料理は科学であり、数学です。たとえば御社の魚肉ソーセージのまずさの原因が材料の調合バランスであるならば、位相幾何学の観点から調合方法の最適解が――」  念のためメールを改めて確認するものの、面接結果の連絡はいまだに一通も来ていない。一週間前に受けた食品メーカー含めて三社の連絡待ちだが、これだけ間が空いたら結果は推して知るべしだろう。  平日のコーヒーショップは人もまばらで、落ち着くにも落ち込むにもちょうど良い。高層ビルにあるため、窓に面したカウンター席から見える景色も抜群だ。良く晴れた日中、コーヒーを飲みながら東京の街並みを見下ろしていると、思わずため息が出た。 (こないだの食品メーカーなんて、我ながらうまくできたと思うんだけどな)  企業分析の結果も説明しつつ、自分の専門知識を活かす方法を分かりやすく伝えられたはずだ。なぜか途中から面接官にずっと睨まれていた気がするが、それ以外は何も問題はなかったと思う。  自分でうまくいったと思っても結果がでない、これほどどうしようもないことはない。失敗の原因が自分ではまったく分からないのだから。就職活動を始めてもう半年近く経ち、周りはほとんど進路が決まっている。焦る気持ちとは裏腹に、行動を起こす意欲は時間が経つごとに無くなっていく。次々に閉じられていく新卒採用のエントリーフォーム。諦めなければいけないタイミングは確実に近づいている。  窓の外に目を向けると、高層ビルで埋め尽くされた都心がパノラマ写真のように広がっている。近代的な美しさは感じるものの、オフィスビルが立ち並ぶ世界は今の俺にとっては恐怖の方が大きい。  こんなに多くの会社があって、こんなに多くの人が働いているのに。  誰ひとり、俺に手を差し伸べてくれはしない。 「世知辛いよな……」  俺の呟きは誰に聞かれることもなく、店内のBGMに溶けてなくなった。
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