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「こんにちは、あなたが池田弥次郎さんですか?」
わたしは、だらしない恰好で道路に座り込んでいる老人に声をかけた。
老人の手には酒瓶がにぎられ、全身からぷんぷんと酒臭いにおいが漂ってくる。
老人は私の声に、だるそうに顔を上げた。
「だれじゃああんたわ。ここらでは見んかおじゃな・・・・」
「ええ、そうでしょう。私は、あの佐竹一郎の息子ですから」
「何?」
老人の顔が一瞬正気に戻ったような・・・・そんな気が私にはした。
その目は大きく見開かれ、肩もかすかにふるえているように見える。
私は老人が恐怖しているのだ、と感じた。
殺人鬼佐竹一郎の息子という存在に。
だが、私は構わずに話を続けた。
顔にありったけの笑顔を張り付けて。
「あの、事件当時のことで少しお聞きしたいことがあるのですが・・・・」
「だまれ、だまれ!」
老人は急に立ち上がり、思いっきり酒瓶を振り回した。
それは、その細い体のどこにそんな力があったのだと思う程の剣幕だった。
「おまえに話すことなどなにもないわい、この殺人鬼の息子め。あれはもう済んだことなんだ、そうとも。もうすっかり終わったことなんだよ・・・・」
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