父と私

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「ねえ、田畑さん。」 私はふと思いついたように言った。 「引っ越しの時に、他の人にあげたものってこのツボだけ?」 「いいや、違うよ」 ばあさんは思い出そうとするように、額に手をあてながら言った。 「ツボは池田さんのせがれに・・・・トラの絵はお隣の松本さんに・・・食器は田中の奥さんに・・・・・あとそれから・・・・」 「三十年前のことなのに、随分はっきりと覚えているもんですね」 わたしは感心して言った。 「それに、そんなに色々なものをあげてしまうなんて、随分と気前がいいもので」 「はっきりと覚えておるのは、ほれ、ちょうどあの日に事件がおこったろう。それでその日のことを事細かに警察に聞かれたもんで、覚えとるんじゃ。わしも裁判で繰り返し証言したんじゃよ。それに、気前がいいとはいうがの、もう随分使い古したものばかりじゃし、お返しをくれたひともあったんじゃよ。池田のせがれなんか、立派な時計をもってよこしたよ。 ほら、あれのことじゃけど」
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