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階段をのぼった自分が上のステージにきたわけではない。二階席から遠く、懐かしい舞台を見下ろすような、キャットウォークから一人、昔の自分が出られなかった試合を見下ろすような。
楽しいだろう。いいだろう。自分が抜け出してしまった世界を、もう関係のない場所から眺めて羨んでいる。そんな感覚。
羨ましいの、だろうか。思い直したが、その言葉がしっくりきてしまった。切望ではない、妬ましいのでもない。懐かしさをはらんだ、ささやかな羨ましさ。
そういえばあの文字も。
銀の柵にポストが連想されて、ふと思い出した。封筒の宛名。差出人。見覚えのあった文字だった。最近は目にしていない、けれど知っている、懐かしいもの。
スマホを取り出してため込まれた画像を開く。卒業式近くに戻ればどこかにあるはず。三年、四年と特に入り浸っていたゼミ室には、ゼミ室ノートなるものがあった。ゲストハウスや食堂などに置いてある、利用した人が自由に書き込めるそれだ。
落書きや誰かに充てたメッセージ、ひとり言や研究のメモまで。何でもありのノートを時おり写真に収めていた。
「……あった」
あけおめだの賀正だの、新年のあいさつが途切れた下。
『1/6 卒論提出! 一番乗り? 石関』
『↑ 侑大早い! 早坂』
『1月7日 二人とも早いよ お疲れ。 木崎』
『締切当日じゃないとかどうなってんの 佐藤 1/10』
『終わったー! 三田くん大丈夫? あらき』
『十分前に出した 死んだ』
卒論の締め切り前後。普段は書かない奴まで、同期全員がコメントを残した珍しさにカメラを向けた、その一番上。丁寧で少しだけ丸みのある、見慣れた文字。
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