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イブの記憶
瞬いた先に広がる白い天井は、すでに外の陽射しの強さを知らせていた。
なぜなのだろう。しばしば見る夢は、いつも決まってクリスマスイブの夜。
重い身体を引き剥がすように、ベッドから起き上がった菅原悠斗は、伸ばした手で、やめていたはずの煙草に火を点ける。無性に吸いたくなって近所のコンビニで買った。もちろんライターも。
そのコンビニは、いつ行ってもオーナーらしき中年の男性以外に店員を見かけたことがない。彼はいつも、袈裟懸けにした発注用の端末を、困ったような顔で見つめている。
半分ほど吸った煙草を灰皿で揉み消し、ため息ひとつで腰を上げた。汗で湿ったTシャツを脱ぎ捨てて、タオルを首に掛け、陰鬱な気分を払うように頭を振る。
季節は巡り、夏の気配が濃厚になってきた。今日こそあの丘に登ってみようか。子どものころ、つま先立ちで覗き込んでは胸を躍らせていた、双眼望遠鏡のある展望台に。丘にはたしか商店もあったはずだ。夏はアイスやかき氷を買った記憶がある。
腕を組み天井を見上げて思案する。あの丘を訪ねたからといって、何かが劇的に変わるわけでもないだろう。しかし、このままではだめになると心が訴えている。
窓を開けると風が舞い込んだ。家並みの向こうに、青く広がる海が見える。視線を下ろすと、眼下の道路を手をつないで歩く父娘が見えた。子どもは五六歳ぐらいだろうか。長い髪を風になびかせている。
お互いの体温を確かめ合える存在は、何ものにも代えがたい安らぎだった。失ったものの大きさを改めて測りながら、心騒がす思いを断ち切るように窓を閉めた。
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