冠着山

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 芭蕉が来遊した頃じゃから元禄時代になる直前、信濃の国は更科(さらしな)の里に小太郎という男が老母と共に住んでおった。  小太郎は百姓として棚田で働いておったが、老母の病気の所為で治療代が嵩む一方で、おまけに看病が大変で生活は苦しくなるばかりじゃった。  或る日、小太郎は気晴らしの積もりで出かけたものの老母のことで心を砕きながら冠着山(かむりきやま)の登山道を歩いておると、向こうから浮浪者らしき老いた男が杖を突いて歩いて来た。  二人が近づくにつれ、何やら妖しい雲が虚空に垂れこめて来て辺りが薄暗くなり不気味な雰囲気に包まれた時、擦れ違いざま老人が呼び掛けた。 「おい、何を悩んでおる。」  思わず小太郎は立ち止まると、自ずと老人と正対して、「おめえに言ったところで何になるんだ!」とがなった。
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