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カシャリ
「美花!何の写真撮ってたんだ?」
毎回お決まりの台詞とともに彼が私の隣にやって来た。もうすっかり慣れたその言葉と彼の満面の笑みに、安心感が胸の奥でじんわりと広がる。
「見て。桜の木に蕾が咲いてて、何だか嬉しくなって撮っちゃった」
そう言って彼にスマホの画面を見せる。
「おお〜、めっちゃ上手く撮れてんじゃん。俺やっぱり美花の写真好きなんだよなあ。写真の道に進んでたら有名な写真家になってたんじゃないか?」
彼の言葉に、何年も前の記憶がぶわり、と蘇る。
「……似た言葉を高校の、大好きだった先輩に言われたことあって、一度は目指そうと思ったんだけど、私には向いてなかったみたい」
「そうかぁ、でも先輩の言葉に影響されるの分かるな」
俺も大好きな先輩にさぁ、と続ける彼の話を聞きながら、そういう”好き”とは違うんだけどなぁ、と苦笑いが溢れた。
「……でも私が写真家になってたら私達は出逢えてなかったかもしれないでしょ」
そっと、少し膨らんだ自分のお腹を撫でると、そうだよな、と彼は優しい表情を浮かべて私の手に自分の手を重ねた。
「これからも沢山写真撮ってこうな。それで、現像してアルバム作ろう」
「それいいね。沢山撮らなきゃ」
私は結局写真の道は諦めてしまったけれど、”彼”は今日もどこかで、一瞬の美しさを世界に伝えるために一眼レフカメラ片手に世界を飛び回っているんだろう。私が”彼”の名前を聞くことは未だにないけれど、”彼”には些細なことだろう。
私は違う道へと進んだけれど、”彼”が私にくれた言葉は私の胸の真ん中に存在している。
「楽しみ……私も、私の写真が好きだから」
そう言って彼にスマホを向けると、ん?と首を傾げる。その仕草が何だか不思議と可愛くて───
カシャリ
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