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女のとこに、青城は行った。
「あの、捜査に協力してもらってもいいかな」
慣れない聞き込みに緊張して、頭を掻きながら、警察手帳を見せる。
女は、ドキドキしながら、頷いた。
((わぁあ。刑事さんとお話しできるの、嬉しい))
「あの、何、書いてたのかな?」
「えっと……」
((こ、こんなの、刑事さんに見せるなんて、は、恥ずかしい))
女は、紅くなって、うつむきながらノートを差し出した。
「青城、いいぞ」
女が青城に惚れていると勘違いしている畑は、独り言を呟くと、ガッツポーズをする。
「あの女、関わらない方いいよ」
「へ?」
先程まで地面を捜査していた鑑識が、畑に聞き捨てならないことを言った。
「せんぱーい! ちょっと来て下さいよ!」
青城が、興奮した様子で女のノートを掲げている。
隠れて観察することができなくなった畑は、自分の相棒が青城であることに嫌気がさしながら、青城と女のとこに行った。
「どうした?」
「見てください」
「は? 何だ、この絵は?」
ノートを覗き込むと、子供の落書きのような絵が――お化けや、宇宙人のような絵が、描かれている。
「そうじゃなくて、こっちの頁です」
隣の頁に、被害者や現場の状況が詳しく書かれてる。
「え、これ、今回の事件の?」
女は、ただ、頷いた。
「これ……。とりあえず、あそこの喫茶店でゆっくりお話聞かせて下さい」
((こんなに詳しいなんて……、この女、怪しいだろ!))
鑑識に関わるなと言われた言葉などどっかに飛ばし、畑は勘に頼って(勘が当たったことなどないのに)突き進む。
喫茶店に行くとモーニングサービス中(珈琲の値段でパンと卵がつく)だったが、朝食をとっていた畑はセット無しで珈琲を注文した。
出てきた珈琲にはサービスで豆菓子がついてきた。
「俺、珈琲だけでいいんだけど、お前豆いる?」
珈琲が来る前に、女の正体を知った畑は、勘が外れて気落ちしている。
女の正体、それは自称作家、糸井潤。本名、井良秀子、30才。ミステリー創作の勉強のため、現場を実際に見てまわっている。つまり、現場にやってくる常連だったのだ。
「あざす! 豆も要らないって、先輩ダイエットすか?」
落ち込む畑を気にかけず、青城は嬉しそうにモーニングを食べつつ、豆も頬張る。
「まぁ、な。三食以外とらないのを実践中だ」
ダイエットしてることを見破られて、畑は恥ずかしそうに、頬を掻いた。
青城は、抜けてるとこが多いのに、時々鋭い。
「それで、刑事さんて、休日なにやってます?」
正体を証した井良は、先程から逆質問攻めを畑にしかけ続けていた。
「何で井良さんは、わざわざ現場行くんだ? 創作の勉強なら、本を読んだりとか、方法あるだろ?」
質問攻めに嫌気がさしていた畑は、刑事らしい質問をして、にんまりしながら珈琲をすする。珈琲は思った以上に美味しく、細い目が余計細くなる。
「わぁ、カピバラさんみたい」
予想外の言葉を井良から投げかけられ、畑は目が点になる。
「え、俺が?」
「はい。ずんぐりむっくりしてて、目を細めた感じの癒され具合がなんとなく」
「そ、そうなの?」
((カピバラ似? 似てる人物は力士名ばかり出てくる、俺が? いや、カピバラに申し訳ないだろ))
戸惑ってる畑の横で、青城がくすりと笑った。
「で、隣のあなたは、アルパカ」
「え?」
青城の目も点になった。
「まん丸おめめがアルパカぽくて、かわいいですね」
「あ、はは、どうも」
ちょっと井良に引きぎみの青城の肩を、畑は慰めぎみに叩いた。笑いを堪えて。
「じゃぁ、これから、カピバラさんとアルパカさんって、呼びますね!」
如何にも名案という具合で、井良はノートに書き込む。井良ワールドについていけない刑事二人は、もう流れに任すままである。
……こうして、一人目の取り調べは空振りに終わったのだった。
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