名(めい)刑事の迷(めい)捜査――名古屋(愛知県警)の窓ぎわ族刑事による、迷捜査

3/14
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
 女のとこに、青城は行った。 「あの、捜査に協力してもらってもいいかな」  慣れない聞き込みに緊張して、頭を掻きながら、警察手帳を見せる。  女は、ドキドキしながら、頷いた。 ((わぁあ。刑事さんとお話しできるの、嬉しい)) 「あの、何、書いてたのかな?」 「えっと……」 ((こ、こんなの、刑事さんに見せるなんて、は、恥ずかしい))  女は、紅くなって、うつむきながらノートを差し出した。 「青城、いいぞ」  女が青城に惚れていると勘違いしている畑は、独り言を呟くと、ガッツポーズをする。 「あの女、関わらない方いいよ」 「へ?」  先程まで地面を捜査していた鑑識が、畑に聞き捨てならないことを言った。 「せんぱーい! ちょっと来て下さいよ!」  青城が、興奮した様子で女のノートを掲げている。  隠れて観察することができなくなった畑は、自分の相棒が青城であることに嫌気がさしながら、青城と女のとこに行った。 「どうした?」 「見てください」 「は? 何だ、この絵は?」 ノートを覗き込むと、子供の落書きのような絵が――お化けや、宇宙人のような絵が、描かれている。 「そうじゃなくて、こっちの(ページ)です」  隣の頁に、被害者や現場の状況が詳しく書かれてる。 「え、これ、今回の事件の?」  女は、ただ、頷いた。 「これ……。とりあえず、あそこの喫茶店でゆっくりお話聞かせて下さい」 ((こんなに詳しいなんて……、この女、怪しいだろ!))  鑑識に関わるなと言われた言葉などどっかに飛ばし、畑は勘に頼って(勘が当たったことなどないのに)突き進む。  喫茶店に行くとモーニングサービス中(珈琲の値段でパンと卵がつく)だったが、朝食をとっていた畑はセット無しで珈琲を注文した。  出てきた珈琲にはサービスで豆菓子がついてきた。 「俺、珈琲だけでいいんだけど、お前豆いる?」  珈琲が来る前に、女の正体を知った畑は、勘が外れて気落ちしている。  女の正体、それは自称作家、糸井潤(いといじゅん)。本名、井良秀子(いらひでこ)、30才。ミステリー創作の勉強のため、現場を実際に見てまわっている。つまり、現場にやってくる常連だったのだ。 「あざす! 豆も要らないって、先輩ダイエットすか?」  落ち込む畑を気にかけず、青城は嬉しそうにモーニングを食べつつ、豆も頬張る。 「まぁ、な。三食以外とらないのを実践中だ」  ダイエットしてることを見破られて、畑は恥ずかしそうに、頬を掻いた。 青城は、抜けてるとこが多いのに、時々鋭い。 「それで、刑事さんて、休日なにやってます?」  正体を証した井良は、先程から逆質問攻めを畑にしかけ続けていた。 「何で井良さんは、わざわざ現場行くんだ? 創作の勉強なら、本を読んだりとか、方法あるだろ?」  質問攻めに嫌気がさしていた畑は、刑事らしい質問をして、にんまりしながら珈琲をすする。珈琲は思った以上に美味しく、細い目が余計細くなる。 「わぁ、カピバラさんみたい」  予想外の言葉を井良から投げかけられ、畑は目が点になる。 「え、俺が?」 「はい。ずんぐりむっくりしてて、目を細めた感じの癒され具合がなんとなく」 「そ、そうなの?」 ((カピバラ似? 似てる人物は力士名ばかり出てくる、俺が? いや、カピバラに申し訳ないだろ))  戸惑ってる畑の横で、青城がくすりと笑った。 「で、隣のあなたは、アルパカ」 「え?」  青城の目も点になった。 「まん丸おめめがアルパカぽくて、かわいいですね」 「あ、はは、どうも」  ちょっと井良に引きぎみの青城の肩を、畑は慰めぎみに叩いた。笑いを堪えて。 「じゃぁ、これから、カピバラさんとアルパカさんって、呼びますね!」  如何にも名案という具合で、井良はノートに書き込む。井良ワールドについていけない刑事二人は、もう流れに任すままである。  ……こうして、一人目の取り調べは空振りに終わったのだった。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!