名(めい)刑事の迷(めい)捜査――名古屋(愛知県警)の窓ぎわ族刑事による、迷捜査

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「なぁ、腹空かないか?」  現場に来ると畑は青城にそう尋ねた。 「僕は別に。さっきモーニング食べましたし」 「ああそうか。すまんが、昼飯つきあってくれ」 「えー。まぁ、食べれないこともないから、いいですよ」 「すまんな」  畑は商店街がある方に歩きだす。  商店街に来ると、一際目立つ黄色い店を青城の目が捉える。 「これって、もしかして……」  結局、二人は陳が営む黄光にたどり着いた。 「ふーん。妻が亡くなってもやるんだな。ま、とりあえず入ってみようぜ」  引き戸を開け、店に片足を踏み込み――畑は固まる。 ((あ、あいつは……)) 「どうしたんすか、先輩」  そう青城が声をかけた時、開け放たれたままの戸が気になった先客が、畑の方を振り返った。 「あ、カピバラさんとアルパカさんだ! 犯人わかりました?」  店内に、井良の声が響いた。 「あ、いやぁ……」 ((井良め! 素知らぬ顔して探ろうと思ってたのに!)) 「あなたもケイサツ?」  カウンターの向こうにいる、一人だけの店員が反応した。いかにも中国系の面立ちで、角刈りの男。 「すみませんね。お昼も食べていきますので、お話ちょっと聞かせてもらえません? あなたは、陳陽光ですよね?」  畑は観念して、警察手帳を見せ、カウンターにつく。 「またケイサツ……おきゃくさんこない」  陳は頷くと、ため息をつきながらコップに水を注いで、刑事、二人の前に置いた。 「たしかに。井良以外、いませんね」  青城が店内を見渡す。 「ここの台湾ラーメンめちゃおいしいです。ごちそうさまです」 「ありがとう」  陳が少し笑顔になる。  井良は会計を終えると、何食わぬ顔で畑の隣に座った。 「店、何で開けるのですか。客いないし、昨夜奥さんが亡くなりましたよね?」  井良を無視して、畑は陳に詰問する。 「おくさん……、サナエ……」  陳の様子が変わった。魂が抜けたように、天を仰ぎ――次には、笑いだす。 「……ミセあける、サナエくる、おきゃくさんくる」  笑っていた陳は、刑事と目が合うと、真顔に変わる。 「おきゃくさん、チガウ、ケイサツ。ケイサツ、おきゃくさんチガウ。でてけ!」  陳が鬼の形相になっていく。 「あ、あの、俺はお昼――そう、台湾ラーメン食べますからっ」 「おきゃくさんチガウ、でてけ!」  畑の言葉は狂い始めた陳に届かず、陳は中華包丁を掲げた。  三人は、店を飛び出した。 「仕方ない、ハァハァ。コンビニのあんパンでも食べるか、ハァハァ」  久しぶりに全力疾走した畑は、膝に手を置き、地面を見つめて喘ぐ。 「何であんパン?」 「ハァハァ、捜査中は、あんパンって、相場が決まってるだろ?」 「へぇー。そうなんですね」  青城と話してると思ってた畑が横を見ると、井良がメモっている。 「井良さん、捜査の邪魔だから、もう俺達に近づかないで下さい」 「そうですか。でも、黄光で捜査してたんですか?」 「あん?」  畑の額の青筋が浮き上がる。 「陳さんを怒らせただけじゃないですか?」 「それは、お前のせいでサツだと気づかれたからだろ。刑事を隠して話聞こうと思ってたんだよ」 「え、聞き込みみする時には、必ず警察手帳を見せ……」  井良への弁明を聞いてた青城が、不思議そうな顔をする。 「潜入捜査ってのが、あるだろうが。サツと気づかれずに調査する手法もあるんだよ」  畑は苛立ちを隠せない。 「「なるほどー」」  井良と共に頷く青城に、畑はげんこつをお見舞いしたくなったが、耐えた。 「……にしても、切れる陳は要注意人物だな」 「奥さん亡くして、心神喪失してるようにしか見えませんでしたけどね」  井良が異を唱える。 「カッとなった拍子にってあるだろ。そうかもしれない」 「いえ、陳さん、悲しんでましたし、犯人に激怒してましたよ? で、ケイサツは犯人捕まえないで、ワタシのとこにばかり来るんだって、怒ってました。お二人が来た時には、何かもう、感情のコントロールがおかしくなってきてましたね……」 「へぇ、そうだったんですねぇ」  青城が情にほだされている。 「てか、井良、ずっとあの店にいたのか?」 「あ、はい。小説書くには、人間観察も大事なので。陳さんが店に来てからは、いさせてもらってました」 「すごいな。他に何かわかったことあったか?」  黄光で情報を得られなかった畑は、仕方なげに、井良情報に頼る。  井良は自慢気に、畑にノートを渡した。 <井良ノートの新情報> ・陳は商店街の人にのけ者にされてた ・早苗はのけ者にされてた陳を助けてくれた ・早苗とは日本語学校で知り合った ・日本語学校のもう一人の先生、タケナカ、仲良かった。毎日店来てくれたけど、早苗が殺害されてから彼も来てくれない ………… 「うーん。のけ者にされてた陳を助けたことで、恨まれたとか?」  井良ノートの情報から、畑は事件解決のために思案する。 「そうですかね……」  一緒に覗きこんでた青城も、考えてみたが、良い答えには結びつかない。 「とりあえず、商店街の人に聞いてみるか」  畑は歩きだし、 「あ、先にあんパン」  と、コンビニかパン屋を目指す。  二人目の聞き取りは全く出来ずに終わり、不確かな井良ノートを頼りに、捜査は進む。
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