名(めい)刑事の迷(めい)捜査――名古屋(愛知県警)の窓ぎわ族刑事による、迷捜査

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「パンなら、そこの角を左に行ったとこに、le pain(ルパン)ていう美味しいパン屋ありますよ?」  井良が、歩きだした畑の後をついてきていた。 「井良さん……、俺、捜査の邪魔だから近づくなと言ったよな?」 「え、捜査するの? 今からあんパン食べるんでしょ?」 「そうだけど、捜査中でもあるんだ。陳が商店街と揉めてたみたいなこと言ってたんだろ? パンのついでにその聞き込みもするんだ」 「「なるほどー」」 ((あ、お、き……))  いちいち説明しないと、自分がやろうとすることを理解してくれない後輩に、畑はどうしたものかと悩む。  けど、そう頭を抱える間も無く、ルパンには着いた。 「いらっしゃいませー」  店内に入ると、大人になりかけの若い女性が元気に声をかけてくる。  喫茶スペースはない手狭な店内は、ほぼ人で埋め尽くされていて、人気ぶりが伺える。 「お前も何か食うか?」  入口横にある、パン乗せ用トレーを手にしながら、畑は青城に尋ねる。 「うーん。見てから考えます」  焼き立てパンの香りが、お腹が空いてない青城の食欲をそそっていた。 「私はクリームパン!」 「……井良さんには聞いてないけど」 「ノートの情報のお礼にパン下さい」 「ああ、そうだな」  情報が正しいかもわからないし、お礼を自分から所望するものか、疑問に思いつつ、畑はあんパンとクリームフィセル(普通のクリームパンは無かった)をトレーに乗せた。 「じゃぁ、胡麻餡団子で」 「ん? どれだ?」  青城が指差す方を見ると、パン棚の一番端に、大福サイズの胡麻玉が並んでいた。 「こんな小さいのでいいのか?」 「はい、これ一個で」  胡麻玉も乗せ、レジ待ちに並ぶ。  やっとあんパンを購入すると、警察手帳を出す。 「忙しいとこ、すみません。お話少し伺えます?」 「あ、じゃぁ、奥の方で。店長がおるので――てんちょー、てんちょー! ちょっと、お話ある方来とるで、お願いしまーす!」  店員は奥に向かって叫ぶと、工房の中に入るよう畑を促し、すぐに他の客の対応を始める。  畑はレジ横から中に入り、青城と井良が続く。 「黄光のことですか」  工房に入ると、恰幅が良い、コック帽を被った男が洗った手を拭きながら、そう先に話しかけてきた。 「ええ、そうです。すみません、何か、知ってることありますか」  畑が警察手帳を見せ、青城も手帳を出し、井良はノートを出す。 「そうだねぇ。事件の前日のことなんだが。ウチが定休日だったもんで、黄光にランチ行ったんですわ。そしたら、そん時ね、宅配が来たんだけど、陳さん開けた後、えらい怒ってましたわぁ……もう、それからはずっとイライラしとって、ちょっと怖かったですねぇ」 「そうですか。若葉早苗さんについては、何かありますか。陳と商店街の仲を保とうとしてたみたいですけど」 「早苗ちゃんねぇ。良い子が、残念だねぇ。ただ、あの男とおったのが運のツキだったんじゃないのかねぇ。皆、早苗ちゃんのことは好きだと思うけど、なんであそこまであの男をかばうのか、理解に苦しんでますわ。  中国人は、とっとと出てけって、皆思ってるんですわ」 「商店街の人は、陳が嫌い?」 「というか、中国人が嫌なんですわ。前に商店街にいた中国人が色々と問題起こしてて、ここの商店街は中国人に敏感になっとるんですわ。まぁ、陳さんの性格が――この間みたいに激高することあるから、それを怖がってる人もいるみたいですわ」 「そうですか……。ありがとうございました」  パンと情報を手に入れた三人は、近くの公園に向かい、ベンチに腰掛けた。 「結局、陳と商店街に隔たりがあるのと、陳が怒りっぽいという裏付けができただけか」 「私のノートの通りでしたね?」 「ああ、ありがとうな」  畑は井良にクリームフィセルを渡す。 「宅配開けて怒るって、何があったんでしょうか」  胡麻玉を渡された青城が、真剣に考えこんでいる。 「切れただけだろ。切れやすいんだろ」  二人に配り終えた畑は、あんパンにかじりつく。 「私はそうじゃない気がするんですよねぇ」 「気になるなら、聞いてこい。どうせ、俺らは追い出されるし」 「では、行って参ります」  井良は楽しそうに敬礼すると、黄光へと駆けて行った。  静かな公園に木枯らしが吹き込む。 「星、挙げれると思うか?」  あんパンを食べきった畑が青城に問いかける。 「誰か、他の刑事が挙げますよ」 「そうだよなぁ。今回、良い結果出したら、今後も捜査やらせてくれるって課長が言ってたんだけど……」 「我々は、大人しくいつも通りの作業をしてるのが一番なんすよ。我々がヘタに捜査をしたとこで、無駄にしかならない。その無駄に税金が払われるなんて、勿体無いでしょ? 自分ができる作業をするのが、税金の無駄にもならない。ヘタに動かない方がいいってことっすよ」 「はぁぁ、そうか。ドラマみたいに、犯人追い詰めてみたいなあ」  畑は天を仰ぐ。そこへ―― 「教えてくれましたよー!」  井良が子供のように手を振りながら、こちらに向かって走ってきた。 「あのですね……ハァハァ……時計でした」 「時計?」  首をかしげる畑。 「それって、置時計?」  青城が食いつきぎみに問う。 「はい、そうでしたけど?」  急に熱くなった青城に、井良が引き気味に答える。 「ならば、殺害予告かもしれませんね」 「え?」  畑は訳がわからず青城を見ると、神妙な面持ちをしている。 「中国では、時計は死等不吉な意味合いがあって、腕時計は良いんですけど、置時計は贈るのがタブーなんです」 「さすが青城だな。そうだったのか」 「聞いてきた私も誉めてください!」 「ああ、偉いな、ありがとうな」 「心がこもってないですよぅ」 井良がわざとらしく顔を膨らました。 「にしても、その時計を贈ってきたやつが怪しいな」 「そうっすね。時計の忌みを知ってる者だから、中国人の知り合い?」  畑と青城は推理を始める。 「可能性あるかもな。 井良さん、中国人の友達いるか聞いてきてくれるか?」 「えー。刑事さんて、人使い荒いですね」 「悪いな。ちゃんと聞いてきたら、今度飯でも奢ってやる」 「わーい。ありがとうございます! けど、私、今からバイトなんですぅ」 「え?」 「あ、私、創作に活かすために色んなバイトして、色々体験してるんです」 「へー。凄いな。じゃあ、スマホの連絡教えとくよ」 「はい。バイト終わったら聞いてきますから、奢って下さいね!」  畑達にくっついて煩かった井良は、連絡先を交換すると、あっけなく去っていった。 「先輩、陳に聞きにいくのどうします?」 「直接は聞けないから、周辺の聞き込みするぞ」  畑と青城は、それから20時過ぎまで聞き込みを頑張ったが、有力な情報は得られなかった。
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