僕達は闘わない

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 ***  ミールの軍の中でも、特にアンジェロから信頼を受けた精鋭達が十数人存在する。アンジェロ直属の護衛軍だ。彼らは、ミールの国軍とは別枠で、アンジェロからの密命を受けて動いているという。どんな任務をしているのかはわからなかったが、勝利のための策とやらに必要なことではあるのだろう。実際、護衛軍のメンバーをちらほら国境付近や、湖の付近で見かけることが増えている。一体アンジェロは、何をしようとしているのだろうか。  ロシェはその時、ミールとフィーメの国境に高く掲げられた壁の近くに待機していた。アンジェロの命令である。今日この日が、歴史的勝利の日となるであろう――我らがリーダーはそう言っていた。どんな作戦が待っているのだろうか。国境近くの塔の上から、固唾を飲んで見守るロシェである。すぐ傍には、仲間の兵士達の姿もあった。此処にいる者達は、これから何が起きるのか全く知らされていない面々である。 ――先代から続く秘策だって、言ってた。どんなんだろうな。  国境の壁よりも高いこの場所からは、両国の様子がよく見渡せた。土地の多くが水に水没している、ミールの国。逆に広々とした大地が続く反面、生きるための水の殆どが失われているフィーメ。互の国が、互にないものを持っている。争いになるのは当然の帰結ではあったのだろう――お互いの価値観が相容れない以上は、そうするしかないのだから。  彼女ら考えは、自分達には理解できない。その価値観に、迎合することはできない。ならば戦うしかない――それは女性達の側も同じ。そうして続いた数百年の戦いに、今ようやく終止符が打たれようというのか。 「ん?」  その時。壁際で、アンジェロの精鋭兵のメンバーらしき人物が何やらごそごそと動いているのが見えた。壁に大きく、魔法陣を書くと同時に――そそくさとその場を離れていく。望遠鏡でアップして見た仲間の一人が声を上げた。 「あ、あいつ!何をしてるんだ、あれは爆発の魔法陣だぞ!あんなところに仕掛けたら、壁が……!」  次の瞬間。仲間の危惧は、現実となった。魔法陣が大爆発を起こし――ガラガラと壁が崩れ、大穴が開いたのである。なんてことを、と思った次の瞬間。あいた穴から、ミールの国の海の浅瀬に向かって、何かが流れ込んできたのだ。  それは、土だ。  大量の土が、フィーメの国からミールの国へと、土砂崩れのごとく流入し始めたのである。 「!」  もう一つ、爆発音が響いた。壁にもう一箇所穴が開き、今度は逆の現象が起きる。ミールの国からフィーメの国に、豊かな海の水が次から次へと流れ出し始めたのだ。  ロシェは目を見開いた。それはまるで、互いの国の土と水が混じり合い、今まさに一つに融合しようとしているような光景だ、と。 「聞け、ミールの国とフィーメの国の皆の衆よ!」  その時。国境の壁の上を、歩いてくる人影があった。遠目からでも見間違えるはずがない。あの長い金髪は、アンジェロだ。  いや、アンジェロだけではない。アンジェロの隣――彼と並んで歩いてくる人物にも見覚えがあった。そう、間違えるはずもない。あの短髪に屈強な体の女性は――フィーメの国のリーダーである、プリシラではないか。 「我々は数百年、愚かな戦いを繰り返した!今日この日、私とプリシラは手を取り合い、終止符を打つことと決める!」  拳を掲げ、アンジェロは声高らかに宣言した。 「ミールには土が足らず、フィーメには水が足らぬ!しかし我らが互いにそれを分け合えば、全ての男女が共に生き延びることができよう……!諸君、忘れてはならない。皆が傷つくことなく生き延びることができる世界を築くこと以上の勝利など、この世界にはないということを!!」  あっけに取られたのは、ロシェだけではないだろう。見守るミール、フィーメの兵士達全員が言葉を失っていたに違いない。  誰も彼も、相手から奪い取ることしか考えてはいなかった。奪い取れば、“自分達だけは” 生き延びることができるはずだと。同時に、“相手を殲滅しなければ”生き残ることはできないのだと。  ミールには男性達だけでは使いきれないほど豊かな水があり。  フィーメには女性達だけではあまりすぎるほどたくさんの土地があった。  その両方が合わされば、男性も女性も全ての住民が生き残ることができる。手を取り合い、争いをやめる勇気さえあるのなら。  “自分達は闘わない”と、共に叫ぶ勇敢ささえあったなら。 「む、無理よ、そんなの!」  誰もが、その未来を考えなかったわけではない。それでも有り得ないと切り捨ててきたのは――思っていたからだ。  男と女は、身体構造も考え方も根本的に違う。  だから価値観を統一することなどできない。分かり合うことも、仲良くすることもできるはずがない、と。 「男と女は、違う生き物なのよ!同じものを見て、同じ価値観を共有するなんてできるはずないじゃない!一緒に歩いていくなんて、できるはずがないわ!」  フィーメの女性の、誰かが訴えた。それに答えたのは、フィーメの若きリーダーであるプリシラだ。 「同じものを見ても、違うことを思ってもいいではないか!」  彼女は吼える。吠えながら――隣に立つ、敵国のリーダーであったはずの青年の手を握り、そして。 「価値観を一つにする必要などない!理解できないところがあってもいい!ただ、“理解しようと努力し”“個性を重んじる度量を持つ”、それだけで十分ではないか!男と女は、同じモノになる必要はない。ただ違う存在として、共に歩くことを認めよう!それだけで……それだけで我々は、明日から死の恐怖に怯えずに済む。食べ物を作る土地、命を育む水の心配をせずにすむようになるのだ!」  高らかに、握ったその手を掲げた。ロシェは理解する。準備が必要だったのは、壁を壊すための計算があったから。そして、水と土を効率よく流すための工事を少人数で進めなければ成らなかったからだと――それも作戦に賛同してくれる、互の国の少人数の精鋭だけで。  共に生きる。  価値観が違ってもいい。ただ個性を尊重し、手を取り合う勇気さえあればそれでいい。  ああ、自分達は何故――そんな当たり前のことさえ築けず、何百年も無益な争いをしてしまったことだろう。 「勝利だ」  そして、ロシェは叫ぶのだ。 「男も女もすべて……僕達全員の、勝利だ!!」  怒号のような拍手と喝采が沸き起こった。自分達は、今からでも取り戻していくことができるだろうか。数百年の争いで、傷つけあってしまった歴史の分まで。
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