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これが4度目の出会い。前回は今年の2月。海の見える街だった。
あれから4ヶ月が経った。早い方だと思いたいが、首都を拠点とするこの男は何をしにこの街へ現れたのだろうか。
ノーメイクの顔に険しさを滲ませてシエラは推理してみる。
近々美術品などの大きな展示会があるとは聞いていない。
盗賊として来たのでなければもうひとつの顔、暗殺ということになる。
どちらにせよ物騒な、闇に生きる者の仕事だ。
シエラにも仕事が存在した。自ら現れてくれた眼前の男への復讐だ。
愛する故郷を奪われた恨みを晴らさなくてはならない。
せっかくの好機、無駄にはできず呑気に立ち尽くしている場合ではない。復讐の開始だ。
決意も固く踏み込もうとして、しかし相手は無言のまま振り返り、なんと帰ろうとしていた。
「待てっ!」
男の背中に焦った声が投じられ、呼び止められた人物は長身を再び振り返らせた。
「引き止めてくれるの?嬉しいな」
相変わらずの屈託のない笑顔。本当に嬉しそうな様にシエラは面食らうばかりだ。
カツンと一歩一歩靴音を響かせてウィルは彼女のもとへ戻った。見下ろす眼差しは愛しさに満ちている。
「会いたかった」
囁きにも似たそれはシエラにもはっきり聞こえた。
トクンと胸が高鳴り魔法をかけられたかのように身動きが取れなくなった。ジッと綺麗な顔を見続けるだけ。
男の掌がシエラの頬を包んだ。指に髪の毛が触れ、彼は「柔らかいな」と胸中で呟いた。
感情が少し高まり彼女の唇に自分のそれを近づける。ウィルは静かに瞼を閉じた。
薄暗い階段下の広くもない落書きだらけの空間。
ふたりの男女が初めて交わした口づけは、表面を軽く触れ合わせただけの優しいものだった。
キスの予感はしていた。それでもシエラは抵抗しなかった。あっという間のソフトな口づけに実感も湧かなかった。
背中を見せ、何も語ることなく今度こそ去ろうとする男をシエラは立ち尽くして見つめる。
そんな彼が帰り際に振り向いた。耳触りのいい声でもの柔らかに語る。
「今夜会いに行くから」
一言を残し男は屋外に消えた。
開放された出入り口から陽光が差し込みシエラの足元まで伸びた。
明るいそれとは対極に彼女の心は困惑を極めた。
見えない未来に、ウィルが告げた今夜という近い未来に光を見出だせず、否応なしに近づいてくる未来に不安を感じるのだった。
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