16人が本棚に入れています
本棚に追加
カラカラ涼しげな氷の音を響かせるアイスペールをテーブルに置くと、腕を掴まれ軽々と引き寄せられた。
「きゃっ!」と小さな悲鳴と共にシエラの体はソファの男の元へ。
突然の行為に抵抗の余地を見出だせなかったのもあるが、微笑みのままの軽快で鮮やかな動作に驚愕を覚えたのも確か。噂に違わぬ実力者である。
隣に座り呆然と男の秀でた顔を眺め、優美な外見に騙されてはいけないと、改めて肝に命じたシエラであった。
ブランデーグラスに自分で氷を落としてセッティングしながら、ウィルは親しく話しかけた。
「酒があるとは思わなかったよ」
勝手に漁った棚の中にはそのほかワインもあって、彼女が酒を嗜好するとは意外だったのだ。
しかし事実は異なりシエラは酒好きなわけではなかった。遠回しながら本人が答えを明かす。
「アルコールに逃げたい時もある」
まだ20歳と若く、身よりもない一人暮らしだ。
生活や仕事や将来に悩む日もある。カタキが討てずイラつく日もある。
そんな時の話し相手がアルコールであり、疲れた心身を癒してくれる安定剤だった。
投げやりな口調がウィルの心に引っ掛かった。アルコール度数の高い酒ばかり置いている理由がそこにあるのだろう。
それに彼女は「飲んで忘れる」や「酔う」ではなく、同じ意味でも「逃げる」という言葉を使用した。強気な性格からは信じられないセリフだ。
無意識に出たのだろうが、弱い自分をどこかで自覚しているのかもしれない。新たな一面はウィルを嬉しくさせた。
覗き込むような仕草をとって彼は同情を込め隣人を瞳に映した。
「ひとりは寂しい?」
善意のみの心からの発言にも関わらず、シエラが示した態度は罵倒。間髪入れずの大きな声が室内に響く。
「あなたが言わないで!ワタシをこんな目にあわせた張本人のくせに!」
ウィルがいなければ故郷は壊滅しなかった。家族同然の人々と離れずにすんだ。
原因を作った男に他人事のように言われ我慢できるはずもない。憤りに全身が震える。
興奮を見せる彼女とは対照的に罵声を浴びた側のウィルは冷静だ。素直な感情表現にむしろ喜んだほどである。
怒りに髪を乱し体を揺らし、男言葉を忘れて激しく叫ぶ本来の姿。
睨みつける燃えるような情熱的な眼差し。生気に満ちた飾らぬ表情があまりに美しい。
この女が欲しい、とウィルは切望した。容姿も性格も全てが愛しい。色んな姿をもっと知りたいと思う。
側にいたくて、悲しいなら励ましたくて。そして泣き顔が見たい、悲しませたい、愛させたい……。
善と悪。両の感情を胸に秘め、それでも己を偽ることなく思うがままをウィルは伝えた。
「そうだね。でもオレはオマエをひとりにしたくない。慰めてあげたい」
彼の語る一言一言がシエラの胸に染みた。怒鳴られたはずなのに怒りもせずその相手を気遣い、なんて優しく我慢強い男なのだろう。
ときめきにも似た感情。高鳴る鼓動の中、胸中て呪文のように唱える。
騙されるな。惑わされるな
そう言い聞かせなければカタキ相手と自分自身に負けそうだった。
なのに続く彼の行為にシエラのヒビ割れた心は打ち砕かれた。
ただ黙って腕を伸ばし、ウィルは彼女の肩を抱いて引き寄せたのだ。
男の肩に頭部をもたれかけ、シエラは戸惑い、身を硬直させる。
実力不足を我知らず感じたかタイミングを逃し、一時をそこで過ごした。
気づいた時には抱擁を受け入れている自分がいた。
温かくて、穏やかで安らげて。力強い腕は頼りがいがあって全てを任せてしまいたくなる。
心地よい空間。酒では得られなかったしばらくぶりの癒しを手放したくなくて、シエラは男の体に身を委ね続けた。
最初のコメントを投稿しよう!