02◆6月6日-2

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カラカラ涼しげな氷の音を響かせるアイスペールをテーブルに置くと、腕を掴まれ軽々と引き寄せられた。 「きゃっ!」と小さな悲鳴と共にシエラの体はソファの男の元へ。 突然の行為に抵抗の余地を見出だせなかったのもあるが、微笑みのままの軽快で鮮やかな動作に驚愕を覚えたのも確か。噂に違わぬ実力者である。 隣に座り呆然と男の秀でた顔を眺め、優美な外見に騙されてはいけないと、改めて肝に命じたシエラであった。 ブランデーグラスに自分で氷を落としてセッティングしながら、ウィルは親しく話しかけた。 「酒があるとは思わなかったよ」 勝手に漁った棚の中にはそのほかワインもあって、彼女が酒を嗜好するとは意外だったのだ。 しかし事実は異なりシエラは酒好きなわけではなかった。遠回しながら本人が答えを明かす。 「アルコールに逃げたい時もある」 まだ20歳と若く、身よりもない一人暮らしだ。 生活や仕事や将来に悩む日もある。カタキが討てずイラつく日もある。 そんな時の話し相手がアルコールであり、疲れた心身を癒してくれる安定剤だった。 投げやりな口調がウィルの心に引っ掛かった。アルコール度数の高い酒ばかり置いている理由がそこにあるのだろう。 それに彼女は「飲んで忘れる」や「酔う」ではなく、同じ意味でも「逃げる」という言葉を使用した。強気な性格からは信じられないセリフだ。 無意識に出たのだろうが、弱い自分をどこかで自覚しているのかもしれない。新たな一面はウィルを嬉しくさせた。 覗き込むような仕草をとって彼は同情を込め隣人を瞳に映した。 「ひとりは寂しい?」 善意のみの心からの発言にも関わらず、シエラが示した態度は罵倒。間髪入れずの大きな声が室内に響く。 「あなたが言わないで!ワタシをこんな目にあわせた張本人のくせに!」 ウィルがいなければ故郷は壊滅しなかった。家族同然の人々と離れずにすんだ。 原因を作った男に他人事のように言われ我慢できるはずもない。憤りに全身が震える。 興奮を見せる彼女とは対照的に罵声を浴びた側のウィルは冷静だ。素直な感情表現にむしろ喜んだほどである。 怒りに髪を乱し体を揺らし、男言葉を忘れて激しく叫ぶ本来の姿。 睨みつける燃えるような情熱的な眼差し。生気に満ちた飾らぬ表情があまりに美しい。 この女が欲しい、とウィルは切望した。容姿も性格も全てが愛しい。色んな姿をもっと知りたいと思う。 側にいたくて、悲しいなら励ましたくて。そして泣き顔が見たい、悲しませたい、愛させたい……。 善と悪。両の感情を胸に秘め、それでも己を偽ることなく思うがままをウィルは伝えた。 「そうだね。でもオレはオマエをひとりにしたくない。慰めてあげたい」 彼の語る一言一言がシエラの胸に染みた。怒鳴られたはずなのに怒りもせずその相手を気遣い、なんて優しく我慢強い男なのだろう。 ときめきにも似た感情。高鳴る鼓動の中、胸中て呪文のように唱える。 騙されるな。惑わされるな そう言い聞かせなければカタキ相手と自分自身に負けそうだった。 なのに続く彼の行為にシエラのヒビ割れた心は打ち砕かれた。 ただ黙って腕を伸ばし、ウィルは彼女の肩を抱いて引き寄せたのだ。 男の肩に頭部をもたれかけ、シエラは戸惑い、身を硬直させる。 実力不足を我知らず感じたかタイミングを逃し、一時をそこで過ごした。 気づいた時には抱擁を受け入れている自分がいた。 温かくて、穏やかで安らげて。力強い腕は頼りがいがあって全てを任せてしまいたくなる。 心地よい空間。酒では得られなかったしばらくぶりの癒しを手放したくなくて、シエラは男の体に身を委ね続けた。
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