ピントを写真家に合せた日

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 そう言った坂月は、梨花とおもむろに握手をし、出会った記念に撮ろうと言ってくれた。  坂月は自分のスマホを取り出すと、握手した手だけを撮った。梨花にも撮るように勧めてきたので、自撮り棒を取り出して空になったパフェの目の前で硬い握手をしているような構図で撮った。  この時、SNSに上げたいだろうからと、写真をわざとボヤかして撮る方法も教えてくれた。  半分以上も食べてしまったと、全額払ってくれたし、香蓮と凛子から貰ったお金は、返すように言ってくれた。比較するのは悪いが、シンちゃんとは比べ物にならないお人好しだ。  ついでに写真屋の店も見せてくれた。商店街のポスターの写真撮影も任されているらしい。商店街に軒を連ねる店主たちの写真が、風景写真や成人式などの写真の中に紛れて幾つも飾られていた。  数ある写真の中で、一際目につく写真があった。真っ白な背景に鼻に管をつけた女性が花束を持って微笑んでいる。薄い病院着と管がなければ患者とも、場所が病室とも分からないくらいに美しく笑っている。心奪われた。 「それね、妹なんだ。病気が見つかってね。ドナーを探してたんだ。そんな時でも、あまりに綺麗に笑うから撮ったんだよ。青い薔薇が欲しいなんて言うから、覚悟しちゃったけどね。今じゃピンピンしてるよ」  聞いてはいけない話かと思ったが、そうではなくて梨花は安心した。兄である坂月が覚悟したのであれば、本人もそのつもりだったのだろう。その覚悟がこれほどの慈悲を出すのか、坂月の腕なのか、梨花は分からなかった。分からないが、写真の彼女からは博愛や許しが感じられ、いつまでも見られた。自分と同じ地球上に住む、それも目の前のどこにでもいそうな人間の妹だとは思えなかった。 隣の写真に目を移すと、お祭りの日の写真だった。  小さく写った浴衣姿の恋人同士か抱き寄せあって、花火を見上げている。花火の大きさと浴衣の男女の対比が面白い。  長袖のカーディガンにマフラーの出で立ちをしている自分とは、どちらの写真も遠くかけ離れたものに見えた。
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