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如月の雪が舞う、寒い朝のこと。
紺のセーラー服を身につけた博美は、下宿先の台所でおにぎりを作っていた。
「言ってくれればお弁当を作ったのに」
そう声をかけてきた初老の女性は、家主にして、大叔母にあたる五百川ハル。
ハルは博美の父方祖父の妹で、また高等学校が高等女学校だった時代に国語教師をしていた。
定年を迎え、現役を退いてからは下宿の女主人をしている。
「いいんです、先生。あたしが作りたかったから」
ハルの言葉に答えた博美。ハルを“先生”と呼ぶのは大叔母と呼びにくいためだ。
そしてもう一つの理由がある。
「夜遅くまで執筆してて、ロクに寝てないんでしょう? あたしは大丈夫だから、寝てくださいな」
そう言いながら、博美は出来たおにぎりを巾着に入れる。
ハルに対して先生と呼ぶもう一つの理由は、五百川春子名義で小説を書いているからだ。
ハルの小説は有名とまではいかないものの、時折ファンレターが届くくらいには読者がいるらしい。
「先生!」
「はいはい、ひーちゃんの言うとおり休みます。見送れないけれど、ちゃんと学校に行ってくださいね」
「もう、あたしはそんなに子供じゃないですよ。ひとりで学校に行けますから!」
大叔母と大姪。しかし、そのやり取りの様子は何だか仲の良い母子の様にも見える。
見知らぬ人がこのやり取りを見ていたのなら、歳の離れた親子、または叔母と姪のように見えるのだろう。
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