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3話 希望の絶望
バレンタインを間近に控え、希望は意を決してライの前に立った。
ライが一向にチョコについて調べる気配も、予約するような気配も見せないので、希望は不安だった。
送ったリストも、開いた様子はなく、なんだったらいつの間にかデータが削除されていた。
希望は気づいた。
「おれがチョコほしいこと、ライさんに伝わってない可能性がある」と。
由々しき事態である。
バレンタインが数日後に迫っているので、希望は「それとなく伝える」ということをあきらめた。
ライの前に立ち、しっかりと目を見て、口を開く。
「チョコください!」
「……」
「バレンタインに、チョコ、ください!!」
ライが無表情で、希望を見下ろす。
思春期の希望には、自らバレンタインチョコを強請るなんて、なんだか恥ずかしい気持ちもあった。だが、気持ちは伝えなくては意味がない。愛は行動で示すものだと希望は考える。
だから、希望は今、ライをしっかりと見つめて、臆することなく立ち向かう。
希望はチョコがほしかった。
ただのチョコではない。
好きな人からの、愛がたっぷりの本命チョコがほしいのだ。
この際、板チョコでもかまわない。ちっちゃくてかわいいチョコも好きだ。愛のある、本命チョコなら形は問わない。
でも、出来ればバレンタインな感じの、愛のこもった、期間限定とか可愛いパッケージのチョコがいい。
希望はライに押しつけるように、用意していたそれを差し出した。
それは、一冊の冊子だった。
『おすすめ♡おれの大好きなバレンタインチョコ☆ブランド別紹介ブック』とタイトルをつけた、特別な一冊である。
おそらくこの手のことには疎いであろう、そんなライのために希望が自ら作り上げたのだ。
心を込めて作った、愛の結晶と言っても過言じゃない。
本当は愛をたっぷり込めてバレンタインチョコを作って渡したいけど、ライがチョコを食べれないから、こういう形で愛を込めるしかなかった。希望は常に、溢れんばかりの愛をもてあましている。
「この中のどれでもいいのでチョコ、ってぎゃあ!?」
そんな愛の結晶が、ボオッと燃えた。
ライがライターで火をつけたのだ。
室内で! 火を! つけた!? と驚く間もなく、思わず希望が手を離してしまう。
愛の結晶、もとい、カラフルな紙の束は、世界の法則を無視して一瞬にして燃え上がった。
それが床に落ちた瞬間、ライがダンッ、と踏みつけて、ぐりぐり、と消火する。
「あ、あああ――!? ……ああぁっ……!」
希望が床に膝をついて拾おうとするが、黒焦げになった冊子はぼろ、と崩れて床に落ちてしまった。
あまりの仕打ちに、希望の目に、じわり、と涙が滲む。
「仕事の合間に……夜中も頑張って寝ないで作ったのに……」
「お前、他にすることないのか」
「ライさんが、チョコ買う時、困らないように、一生懸命作って……」
「なんで俺がチョコ買うんだよ。買わねぇよ」
「え?!」
希望はライを見上げた。
目を見開き、「信じられない」と声にならず、唇が震えている。
「だ、だって……バレンタインだよ……?」
「バレンタインだろうがなんだろうが買わねぇよ」
「でも……お、おれチョコ好きだから大丈夫だよ……?」
「なにが大丈夫なんだよ。勝手に好きなように買って食ってろ」
「……!!」
ショックのあまり、言葉を失った希望を置いて、ライは踵を返して去って行く。
ライが行ってしまった後も、希望はしばらくそのまま動けなかった。
真っ黒になってしまった自信作を見つめ、希望はついに気づいてしまった。
ライさんは、おれにチョコ、くれないんだ……。
あまりに残酷な真実を前にして、バレンタインのようなピンクとチョコレート色になって浮かれていた希望の心は、手元で黒焦げになった自作の紙の束と同じ色に塗り潰されてしまった。
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