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見た目をきちんと整えると、気分はすっかり鍛冶屋見習いだった。
「よし、剣を創るぞ!」
両手を合わせて、ゆっくり離していく。人気アニメの錬成をしている気分になり掛けて、途中で慌てて剣を思い出した。
産み出されていくのは、白銀の両刃剣。刀身は切っ先から僅かに膨らみがあり、柄に掛けて細くなっていく。刀身に刻まれているのは桜の花びら、鍔は桜の枝と葉をモチーフにした金細工が施されている。金細工は持ち手まで創り、殴り付けれるようになっている。柄は濃い緑色、房は白みがかった緑色だ。
葵は完成した剣を、そっとベッドの上に置いた。
ベットの上に、抜身の剣が転がっているのは何とも奇妙だった。
それでも、創り出した剣はとてもきれいだ。キラキラ輝いている刀身に、曇りは全く見当たらない。金細工は、自ら創り出したもののなのにため息を付く程見事だ。
満足するまで剣を見つめて、葵は再び両手を合わせた。
創り出されていく刃は、先ほど作ったものより刀身が長いが、幅は狭い。葵が創り出したのは、剣ではなく日本刀だった。
日本刀は、最初に創った剣より重くした。鍔は茎穴(なかごあな)を中心に桜の花が開くように描いた。
柄と同じ色の鞘を創り刀をそれに納めると、最初に創った剣を革の入れ物に入れた。
「疲れた!」
二本を横に置いて、葵はベッドに倒れ込んだ。
ものを創るのは、思っていたより精神力と体力を使う。集中し過ぎて、頭が痛い。葵はゆっくり息を吸い込んで、ゆっくり息を吐いた。
「一気にたくさんは創れないな。」
いきなり、アニメの主人公のようなチートにはなれないらしい。体はだるいし、頭痛はだんだんひどくなってきている。昨日は、火事場の馬鹿力を発揮していたのだろうかと、葵はもう一度ため息を吐いた。
「そんなうまくはいかないよね」
寝転がりながら、葵は枕元にあったリモコンのボタンを押した。テレビからニュースを読み上げるアナウンサーの声がする。丁度、お昼のニュースの時間らしい。
淡々と話すアナウンサーの声をぼんやりしたまま聞いていると、突然、アナウンサーが声音を変えた。
『い、今飛び込んできたニュースです。只今、都内に化け物が現れたと情報が入りました!は、え、はい!映像もあるとのことです!映像出ます!』
葵が飛び起きると、慌てた様子のアナウンサーから化け物の映像に丁度変わる所だった。
画面には、葵が昨日倒した化け物とよく似た化け物が映っていた。化け物の回りには、数名の人間がいて、彼らは、それぞれに武器を持っていて、ビームのようなものを出したり、マシンガンを打ち続けている人間もいた。
戦う人々の奥で逃げ惑っている人々もいる。中には、手から武器のようなものを出しながら、恐怖が勝るのかどんどん後ずさっている人もいる。葵と同じ力を持っているのは明らかだった。
「力を貰ったのは、私だけじゃなかったんだ。」
画面の向こうで戦っているのは、〝カミサマ〟の言葉を信じて叫んだ、葵と同じ創造の力を貰った人間だ。
ならば、〝カミサマ〟 からの電話は、葵が見た夢ではなく、多くの人間が同じように力を与えられた出来事だったのだ。もしかしたら、葵の友達も親戚だって力を得たのかもしれない。
葵はそっと、刀を持ち上げた。
(私、だけじゃない。他の人も、たくさんの人が力を貰ったんだ。)
自分だけが特別な人間になったと思っていたが、葵はあくまでも少数の特別な人間になっただけだったようだ。
(特別な一人になりたかったのに。)
葵は鏡の前に立った。鏡に映っているのは、顔色の悪い鍛冶屋のコスプレをした女だ。先ほどまで、本物の鍛冶屋に見えていたのに、よくよく見れば彼女の顔は、未だ葵の面影を強く残している。
葵が、コスプレをしている姿では特別にはなれない。特別になるには、鏡に写る彼女は葵であってはいけないのだ。
(あなたは、平凡に生きている葵じゃ駄目。あなたは、特別な人間にならないといけない。)
葵は静かに刀を抜くと、刀をテレビに向かって振り下ろした。
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