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黄色く濁った目玉は、 毛むくじゃらの大きな化け物の目玉だった。。
「ヒッ」
小さく漏れた悲鳴を、葵は口を抑えることで止めた。
目玉はこちらに向いていたが、葵を見ている訳ではないようだ。
息を殺しながら、葵は目だけを動かして目の前の化け物を見た。
葵が寄りかかっていた柵は、崖にそって作られている。崖は海から十数メートルほどの高さのものだが、化け物は、葵の頭より一ーメートルほどの高さに浮かんでいた。
体は直径三メートルほどの球体で、全身が太い毛で覆われている。体の隅に、手のようなものが左右それぞれ三本ずつついていて、それがユラユラと揺れていて目玉は一つだけ、口のようなものはなかった。
恐怖が、葵の全身を震わせる。これだけ近くにいたというのに、顔を上げるまで化け物に気付かなかった。喉元まで込み上がってくる悲鳴を、葵は全身全霊で圧し殺した。
化け物はただふわふわ浮かんでいるだけで、動かない。けれど、葵が動けばきっと化け物も動く。何故か、葵はそれを直感していた。
(誰か、助けて……誰かーーー)
葵がいるのは、人気のない岸壁の上だ。坂を少し下れば民家はあるが、悲鳴を上げても聞こえるほど近くもない。聞こえた所で、この化け物をどうにかしてもらえるなんて思えなかった。
化け物に気付いてから一分ほど経っただろうか。冷や汗が、背中を流れる。対象的に、口の中はカラカラだった。
全く動けない状況の中で、逃げなければと焦る気持ちとは別の感情が生まれだしていた。それが、高揚感だと気付いたのはそれからずっと後の事だ。
(アニメの主人公のようだ。)
恐怖が高揚感へと変貌する中で、葵は何時しか微笑みを浮かべていた。
普通に暮らしていた主人公が、突然、異世界に連れていかれたり、今まで普通だと思っていた友人達が人間ではないと知ったり、主人公が非日常に巻き込まれた第一話のような、そんな雰囲気ではないか。
絶体絶命に陥った主人公は、自分も知らなかった力を目覚めさせる。ただの人間は、本当は特別な何かであったと知るのだ。
化け物の背後に、星が見える。その星を掴むように、葵は手を伸ばした。
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