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葵が動いたことで、化け物も動いた。ないと思っていた口が、化け物のちょうど真ん中辺りが裂けることで現れた。生ゴミが腐ったような嫌な臭いが辺りに拡がる。今までどこを見ているかわからなかった目は、今ははっきりと葵を捉えていた。
「剣よ、出てこい!」
葵は叫んだ。それは、希望に満ちた声だった。けれど、剣は現れない。
化け物が葵に向かって飛び込んできた。
葵は、ほとんど転ぶように横に避けた。化け物が葵のギリギリを飛んで行き、数メートル先でピタリと止まる。化け物は、クルリとこちらを向き直して、再び葵に向かって突っ込んできた。
「炎よ!」
裏返ってしまった声に、炎は宿らない。
化け物は、先ほどよりもスピードを上げて飛んだ。尻餅を付いた葵の頭上を化け物が飛んでいく。スピードを上げた化け物は、勢いよく海に落ちていった。
(化け物は、またすぐにくる。避けてるだけじゃ、食べられる。)
叫んでも、願っていも、葵の手には何も現れない。このままでは、あの大きな口に飲み込まれてしまうだろう。
焦る葵の脳裏に、〝カミサマ〟の言葉が甦った。
『人間達に与えるのは、創造の力です。思い描いた事柄が、実際に現れる。』
創造の力とは、呪文を唱えるような力ではないのじゃないか、と葵は思った。創造とは、その言葉の通り、思い浮かべたものを創る力ではないのかと。
葵は、叫ぶばかりで想像していなかった。欲しいものを、欲しい力を具体的に創造していなかったのだ。
葵は両腕をまっすぐ伸ばし、両手を上にして目を閉じた。
海から、化け物の叫び声のような甲高い音が聞こえる。同時に、海からバシャンと飛び上がるような音がした。化け物が海から出てきたのだ。
恐怖が全身を震わせるが、葵は目は開けなかった。
今、葵がするべきなのは逃げることではなく、剣を創ることだ。
欲しいのは、切れ味の素晴らしい刃とそれを扱う確かな腕。剣の刃渡りはそこまで長くなく、扱いやすいものがいい。刀身には桜の花びらが刻まれていて、柄は朱色で青色の組紐がくくりつけられていて、その先に小さな勾玉が付いている。勾玉は御守りで、癒しと温もりを与えてくれるものだ。
薄桃色の勾玉が心に写された瞬間、手の中に何かが落ちた。
目を開けると同時に、葵は現れた剣を慣れた手つきで構えた。剣を掴んだ瞬間、考えることなく、どう振るえばいいのか理解していた。
化け物が目の前に現れた。海水を滴らせて、いつの間にか伸びた手をこちらに伸ばしてくる。その手に向かって、葵は剣は振り下ろした。
葵が創造した通り、剣の切れ味は素晴らしかった。なんの滞りなく、化け物の腕は切り落とされた。
「ウォォオオオッ!」
怯んだ化け物に対して、葵は更に切り掛かった。次にどう動くべきか、葵にはわかっていた。
地面を踏み込み、葵は剣を振り上げる。化け物が大きく口を開いた瞬間、その剣を振り下ろした。
化け物の目玉を剣は真っ二つに切り裂いた。
葵は叫んだ。
「燃えろ!」
化け物が燃える様を創造する。不気味な手足が一気に燃え上がる様だ。
目の前の化け物は、すぐさま燃え上がった。
化け物は、炎に包まれながら海に落ちていく。海に落ちても、化け物を包む炎は消えることなく、化け物の体が燃え尽きるまで燃えていた。やがて燃え尽きたのか、炎は消え、静かな海が戻ってきた。
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