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自動筆記 2
過去にはこの集落も村として村長を据えて運営がされていたとも。多くの村がそうであるように、人間は集落に束ねる人間を据えたがる。そして古い慣習を守っていたこの村は魔術に才がある者か、素養ある者を長としていた。
――ああ、魔術に種類があることは知っているかね?おまえさんも見たところ魔術の素養は持っているらしいが。ギナンシェ帝国もマグスを輩出しているから魔術の種類も近いだろうが、この国は星見、体術、錬成、元素操術、夢見が主な術種だ。特にこの村ではかつて星見に特化した魔術使いが長になることが多かった。山の頂から頂までをフレームとして極小モデルを作成できるから精度の高い星見術師が育ちやすかったのだ。
さて――数十年前、この村は先代の村長を失い、新しい星見術師を村長としようととある青年に声をかけた。若く、優秀な魔術使いで、村が穏やかに衰退するよりも王都へ向けて発展していくことを望んでいた。ああ、それは民にとって願ってもない逸材だったとも、山に囲まれていては王都の栄華なんぞ享受できぬ。彼のいうところには、星見の台を敷き、そこから観測されるあらゆる知見を宮廷魔導士の―そう、エルイアーナ様に。宮廷に座を持てばそこらの都市よりも名誉を約束されるからな。
彼はかくして村の長となってまず、山々のうちアル・アセトとイミウトと呼ばれていた二つの山に赴いた。そこに静かで見晴らしのよい、開けた場所があるのを知ってこれを台の礎とした。ほかの地方は知らないがこの村には山に住まう民はおらぬ、長がそういうのであれば違いないと若者たちがこぞって工事に参加して、星見の台はすぐに完成した。
そして星見の台にはキッチリ三人ずつ星見術師が配置された。アル・アセトには女の魔導士を、イミウトには男の魔導士を置いて星を見た。ヴァンダルニア―おまえさんがたはまだヴァントルスと呼ぶのだったか、しかしこの国の星回りは今でも安定しておる。そのときも”良き星回り”と最初の報告を宮廷に上げた。
だが、最初の観測から数週間のち、アル・アセトにいた魔導士が一人毒蛇に咬まれて解毒のために山を下りた。知っての通り星見は誰が欠けてもならぬ。マグスと同数そろえていなければ観測が狂うのだからな。しかし……女の魔導士は村に数少なかった。素質のある者は他にいたが、まだ幼く、知識もままならないから星見をさせられない。そこで村長は解毒の間は自分が山に入ろうと言った。
ほんとうに優秀な術師であるから、村の者は誰も反対しなかった。彼は山に入り、観測を続行した
そこに凶星が見えたのは村長が山に入ってすぐのことだった。
いや、星と呼んだかはわからない。星の姿をしていた。その星は夜明け前に何度も煌めき、消えた。それが数日続いた。
星の煌めきがあったのち、この村は何者かに襲撃された。
陽が沈み、ちょうど夜半、まず最初に魔導士が殺された。次に子供たちが何人も死んだ。そしてその騒ぎがあった翌日の夜にアル・アセトの台に雷のようなものが落ちた。空は晴れていたが、雷のような熱量があった。村長は跡形もなく蒸発してしまい、ほかの術師たちは錯乱して狂気に陥った。
同じ日、村の者は誰も知る由もなかったが、西の海が割れた。海から何か黒い影がせりあがろうとしているのが見えたという。エルイアーナ様がなんとかして鎮めたが、影は東に向かおうとしていたという。
して、アル・アセトの台がそうして不能になったのちもイミウトの台は観測を続けていた。三人とも異状なく、星々を観ていた。しかし、村長が蒸発して数日の後、イミウトにも異常が発生した。あの死んで埋葬されたはずの子供たちがイミウトの星見台にわらわらと集まってきたのだ。
子どもたちは幾人もの女の声を重ねたような歌声を発した。ふもとの村にも十分に響き渡る不可思議で不気味な声。
Ave Nu Stela lumo
Ave Nu Stela lumo
ただ祈れ、神がくる、膝をついて頭を垂れよ
イミウトにいた魔導士たちは慌てて山を下りた。そして祈りながら膝をついた。村に朝は数日来なかった。
騒ぎが収まったのち新しく村長を何度か立てたが、就任するたび数日後には消えてしまう、奇妙な出来事が続いたためにもうこの村は村として長を置くことをやめた。
そういうわけだ、あの星と雷が神と言われている。山にむやみに立ち入ることは危険であるとな。
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