ヴィネガー・トムは鳴かないで

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ヴィネガー・トムは鳴かないで

 風が冷たい。  お別れの言葉なんて、いらないよね。  だって、言おうとしたらきっと、駄目になる。また逃げられなくなる。やっとのことで辿り着いた屋上の(へり)から、逃げ出してしまう――後ろに戻っても、地獄のようなものなのに。 「…………、」  もういいよ。  きっと、私は何かしたんでしょ?  犯人じゃなくても、きっと犯人にしたくなってしまうくらいに気に入らないことを。でもね、でも、いいよね。最後くらい、いいよね。 「私は何もやってない!!! 何も知らないから!!!」  やってない、何も知らない、私よりもっと知ってる人いたでしょ⁉ なんで私だけ、なんで何も知らない私がこんな目に遭うの? 許さない、噂を流した人も、助けてくれなかった人も、みんな許さない!!!  みんな不幸に、   * * * * * * *  思い出すのは、真っ赤な雨の日。  妹の七海(なつみ)が、同級生の殺された事件から派生したデマで命を落としてから何年経ったろう。妹は殺された――そう言っても聞き入れられずに今に至ったけれど。 『Kという名の怪物』。  この著者は何か知っているかもしれない。噂を本気にしているわけではないけれど、何故か胸騒ぎに近いものを感じながら、インターホンを押した。
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